2013年05月01日

国を愛して何が悪い64

日本国内にいて、日本を見るというものは、難しい。
当たり前の感覚に慣れて、見逃す。

だから、一番良いのは、異国との相違点である。
特に、西洋礼賛、アメリカ礼賛が主流だった一時期から、今少し時を経て、それら白人の国との相違を見ることが、有効である。

今、手元に、驕れる白人と闘うための日本近代史、という本がある。
日本人がドイツ語で書いたものを、また、日本語に翻訳したものである。
著者は、松原久子、訳者は、田中敏である。

その一部から、
ドイツ人が手にするどの紙一枚についても、そもそも紙は、アラブ人が紙の製法の秘密をスペインに持ち込む以前に、すでに一千年もの間、中国で使われていたという事実を心に銘記しておいてほしい。その製法がスペインからドイツのニュルンベルクまで伝わるには、さらに二百五十年を要したのである。・・・
カルロ・チッポラは17世紀以降のヨーロッパ文明の繁栄について大袈裟な言葉で次のように書いている。
「ある社会の生命力は、自己のアイデンティティを失うことなく、また余分なマイナス要素を取り入れることなく、他の文化を十分に借用する能力に最も明白に示される」
借用することは、カルロ・チッポラによればよいことなのである。ただし、借用するのがヨーロッパ人であれば、である。

もし他の、非ヨーロッパ社会が同じことをすれば、激しい批判が巻き起こる。
「日本人は相変わらず猿真似をしている。彼らは役に立つと思われるものは何でも取り入れる。百年間彼らは西洋をコピーし続けた、政治機構であれ、法制度であれ、工業製品であれ、そしてそれを恥だと思ったことがない、真似という芸当は大昔から彼らの伝統だからだ」

ヨーロッパ人が他民族、他文化圏から何か役に立つものを取り入れれば、彼らは自分たちがいかに文化的に開かれ、受容能力があるかを誇らしげに語る。そこに何かを付け加えて成功したならば、「独創的」だと評価する。ところが、もともとヨーロッパの発想であったものをどこか他の国で、例えば日本が借用し、応用した場合は、この「独創的」という言葉はまず使われない。

私は、ヨーロッパの内容豊かな独創性に疑いを抱くとか、ましてや過小評価する気などさらさらない。ヨーロッパは間違いなく、その優れた独創性を賞賛されるに値する。

ただ私が不思議に思うのは、ヨーロッパ文化の体面を顕示する際の、あのバランスの欠けた態度である。自分たちが、自分たちだけが、独創的なのだと主張するあの断固たる態度である。その態度が、私にはどうしても我慢ならないのである。
松原久子

と、いうことで・・・
そこにあるのは、優越意識であり、白人主義である。

ヨーロッパという、世界の一地域を世界であると、幻想しているヨーロッパ人である。

ゆえに今でも、彼らは、変わらない。

白人優越意識、主義とでもいうか・・・

白人による世界史の「流れ」は、ルネッサンス、産業革命、フランス革命、アメリカ独立と一貫した精神で貫かれている。それは自分たちの考え方こそ真実であり正しいと信じ、それによって世界を動かそうという白人たちの理想主義によってつくられた流れである。この白人の理想主義は、それに反対するものは許さないという一種の思い上がった狂気を内包している。
清水馨八郎

イラクを攻撃した、元アメリカ大統領のブッシュは、十字軍という言葉を用いて、イラク攻撃を開始した。

その、十字軍とは、ヨーロッパの戦争のはじまりである。
イスラムに対する、戦争であり、徹底的に、略奪、強盗をして、成り下がった。
そして、恐るべきは、神の名において・・・

現在のイスラム系テロリストが、何故、生まれたか・・・
それ以前の、キリスト教の蛮行によってであることを、知ることもない。

上記の、清水氏は、過去1500年ほどのスパンで、白人の血の中に組み込まれた遺伝子を見ると、次の三点に注目するという。

第一、 8世紀から11世紀に活躍した北方ゲルマン民族によるバイキング、海賊の実相。
第二、 砂漠の宗教であるキリスト教を政治的に取り入れ、布教し、11世紀から13世紀の長きにわたってイスラム世界を侵略した十字軍の蛮行。
第三、 デカルトの人間中心の二元論的思想・哲学、弱肉強食=適者生存のダーウィンの進化論などを基にした、西洋の物質科学技術文明の世界支配などを挙げることができる。
と、なる。

その、略奪性、侵略性、野蛮性の本性は、十字軍の蛮行や、コロンブス以来の世界侵略の手口、英米アングロサクソン族の世界制覇の手口である。
大東亜戦争に見る、アメリカの原爆投下、そして、日本侵略などの蛮行は、まさに、バイキング精神が一貫して流れている。

日本侵略は、江戸末期の黒船当時からの、願望であった。

現在文明人の顔をしている英米のアングロサクソン民族の祖先が、海賊のバイキングであったことを忘れてはならない。彼らの血や遺伝子の中には、バイキングの攻撃性、残虐性、収奪性、策謀性の行動原理がしっかりと組み込まれているのである。
清水

大東亜戦争時、英米を、鬼畜英米と呼んだのは、誤りではなかったようである。

以前にも、そのバイキングの民族の発祥を書いている。
その、バイキングに最も加担したのが、これまた、野蛮なユダヤ・キリスト教である。

ユダヤ教の聖典である、旧約聖書は、兎も角、一つの民族の神話、伝承であり、他民族、異教徒に対する、攻撃性と、排他性で溢れているのである。

それと、結びついた、バイキングであるから、手が付けられない。

西欧白人が、短時間に全世界を制覇、征服できたのは、鉄砲という武力だけではない。キリスト教という、文治、宣撫策を巧みに活用したからである。

侵略者は、宣教師を伴い、宣教師を侵略の手先にして、他民族の宣撫策を行ったのである。

日本も一時期、九州が、実はキリスト教の植民地になっていた事実がある。
それに秀吉が気付き、早めの手を打ったから、救われた。
それを、キリシタン弾圧というが・・・
弾圧ではない。
国を守るための、方策であった。




posted by 天山 at 05:07| 国を愛して何が悪い2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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