2013年04月23日

もののあわれについて610

篝火を終えて、野分、のわき、に入る前に、今一度、物語に佇んでみる。

源氏物語の著者の代表は、紫式部である。
複数の作者がいたことは、以前に書いている。
更に、書写をする人たちによっても、手が入れられている。

だが、最初の紫式部の、物語を書く意味、意義、そして、その情熱とは何かを、考える。

源氏物語は光源氏のまばゆいばかりの青春の色好みをもって始まるが、それを描いた紫式部の内部には・・・「たゆたふ」思いのあったことを私は重視したい。
とは、亀井勝一郎の日本人の精神史研究から、である。

光源氏をはじめ、藤壺や空蝉や最後の浮舟にいたるまで、この思いは次第に強まってくる。現世の色好みと求道とのあいだの言わば心のさすらいだが、彼女の内部には、爛熟した王朝の夢とともに、すでに中世のあけぼのが訪れていたと言っても過言ではあるまい。
亀井
現代文に書き直してある。

中世の曙という亀井の評論である。

そして、紫式部の中には、
「女房」と「隠者」の同時存在であり、作者の心理としては、「世にあるべき人かずとは思はず」という出離の思いと、虚構の妙技への執着とのあいだの矛盾の苦悩であり、それは同時代において普遍性をもつ精神の課題でもあったのだ。
と、亀井は言う。

世の中に、いるべき存在ではないと、紫式部が告白するのである。
自分の存在をそのように思うという・・・

物語の前に、私は、紫式部日記を現代語訳している。
その中には、そのような思いに満ちた言葉が多くある。

そして、罪深き身、という言葉である。
これは、当時の浄土宗の教えによるものであると、言う。

この執着を持っている限り・・・
だから、物語を書くのである。

前世のつたない因縁に発した「業感」の自覚でもあり、源氏物語にしばしば出てくる「宿世」の嘆きにもむすびついている。
亀井

確かに、物語を書写していると、多くの登場人物の口から、宿世の嘆きが聞かれるのである。
それは、紫式部の思いである。

物語全体を貫く、宿世の嘆きである。
色好みとは、全く異質の感覚である。

物語に流れる、その嘆きは、紫式部の嘆きでもある。

その日記には、色好みのことなど、一度も出てこないのである。
しかし、物語は、色好みを通して、何かを見るのである。
その何かが、嘆きなのである。

その、嘆きが、たゆたふ心を創る。

仏教、浄土の教えの、無常観から、紫式部も大きな影響を受けた。

その無常観とは、矢張り、日本語にすると、たゆたふ、になるのである。

紫式部が、投げた一つの石が、波紋を広げて、日本文化の精神へと、続いてゆく。

日記を読むと、紫式部が、人の品定めをする、天才だったということが解る。しかし、その裏では、孤独の生活がある。
更には、女房たちからの、嫌われ者でもある。

賢い彼女は、ただ、沈黙するのみになる。
そして、我が身に閉じこもるのである。

沈黙のうちに「たゆたふ」心の戦いをつづけたのである。
亀井

そして、それが、同時代の人たちと、苦悩を分かち合う、ということが可能だったとみるのである。

源氏物語というあの虚構の世界は、こうした暗い情熱の所産であったことはまちがいあるまい。砂漠にも似た灰色の生活から夢みられた壮大な蜃気楼のようなものだと言ってもよさそうである。
亀井

つまり、物語の光源氏のような生活とは、全く逆の生活を送る紫式部の、壮大な物語、虚構への情熱が、文を書かせた。それは、また、罪深い者の、自覚でもあった。

その、罪とは、何か・・・
生まれたという意識、存在するという意識・・・

浄土思想が拍車を掛けるのである。

そこで、信仰に向うが、ここで、不思議なのは、決して、伝えられた浄土思想の通りの信仰ではない。
それが、日本人の精神の特有の感覚を生むのである。

それが、あはれ、の思想である。

人間の存在が、あはれ、なのである。

もののあはれ
というものが、始動する。

そこで救いようの無いような意識が、逆転して、無常観から、無常美観が生まれるように、あはれ、の意識、自覚が芽生えてくる。

表向きは、色好みの虚構であるが、作者は、しみじみと、人生の哀しさを見続けている。それが、他の手に移っても変わらないテーマとなり続けるのである。

そして、尚、書き続けるという行為も、宿業として自覚する。
宿業から抜けるために、また、書き続ける。
そして、それは、終わらないものとなった。
今も、小説を書く人たちが、大勢いる。

源氏物語は、終わってはいないのである。
書き付けるということの、宿業を持って生まれた人々・・・
あはれ、である。




posted by 天山 at 01:57| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。