2013年04月21日

もののあわれについて608

篝火 かがりび

この頃の世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、事に触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こし召して、源氏「ともあれかくもあれ、人見るまじくて籠り居たらむ女子を、なほざりのかごにても、さばかりに物めかして出でて、かく人に見せ言ひ伝へらるるこそ、心得ぬ事なれ。いと際々しうものし給ふあまりに、深き心をも尋ねもて出でて、心にも適はねば、かくはしたなきなるべし。よろづの事、もてなしがらにこそ、なだらかなるものなめれ」と、いとほしがり給ふ。かかるにつけても、「げによくこそ」と、「親と聞えながらも、年頃の御心を知り聞えず馴れ奉らましに、恥がましき事やあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞え知らせけり。




近頃の世間の人の噂に、内大臣様の、今姫君はと、何かにつけて、誰彼が言いまわるのを、源氏の大臣が耳にして、何はともあれ、人目に触れずに、引きこもっている女の子を、少しの口実があったにせよ、あれほど大げさに引き取った上で、このように人に見せたり、噂させたりするとは、腑に落ちないことだ。はっきりし過ぎている方だから、事情を詳しく調べず、引っ張り出して、それが感心できない者だから、こんなに酷い扱いなのだろう。何事も、やり方一つで、穏やかに済むものだ。と、気の毒がる。
この噂につけても、本当によくこちらに来たものだと、親とは申しても、長く離れていた間の気持ちを知らずに、お傍に参ったなら、恥ずかしい思いをするようにこともあっただろうと、対の姫君は分かるが、右近も、よく申し聞かせてあげるのだった。

今姫君とは、玉蔓のことである。





にくき御心こそ添ひたれど、さりとて御心のままにおしたちてなどもてなし給はず。いとど深き御心のみまさり給へば、やうやうなつかしううちつけ聞え給ふ。




困った気持ちはあるけれど、そうかといって、気持ちのままに、無理押しするわけでもなく、いよいよ、愛情の強さが増す一方なので、姫君は、次第にやさしく警戒心を解くのである。




秋になりぬ。初風涼しく吹き出でて、せこが衣もうら寂しき心地し給ふに、忍びかねつついとしばしば渡り給ひておはしまし暮らし、御琴なども習はし聞え給ふ。五六日の夕月後はとく入りて、少し雲隠るるけしき、萩の音もやうやうあはれなる程になりにけり。御琴を枕にてもろともに添ひ臥し給へり。かかる類あらむや、と、うち嘆きがちにて夜ふかし給ふも、人の咎め奉らむ事を思せば、渡り給ひなむとて、御前の篝火の少し消え方なるを、御供なる右近の大夫を召して、ともしつけさせ給ふ。




秋になる。秋の初風も涼しく吹き出して、人恋しい気持ちが抑えられず、しきりにお出かけになり、一日中おいでになり、琴なども教えてあげる。五日、六日の夕月は、すぐに沈み、少し雲に隠れる様子や、萩の葉ずれの音も、心に沁みる頃になってきた。琴を枕にして、一緒に横になられる。こんなことがあろうかと、ため息を漏らしがちで、夜更けまでいらっしゃるが、人が見咎めるだろうと、気にされて、お帰りになろうとして、庭先の篝火が少し消えかけているのを、御供していた、右近の大夫をお呼びになり、明るくさせた。




いと涼しげなる遣水のほとりに気色ことに広ごり臥したるまゆみの木の下に、打松おどろおどろしからぬ程におきてさし退きてともしたれば、御前の方はいと涼しくをかしき程なる光に、女の御様見るにかひあり。御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまに物をつつましと思したる気色、いとろうたげなり。帰り憂く思しやすらふ。源氏「絶えず人侍ひてともしつけよ。夏の月なき程は、庭の光なき、いとものむつかしくおぼつかなしや」と宣ふ。




大変涼しそうな鑓水の傍に、面白い格好の枝を広げた、まゆみの木の下に、松の割り木を目立たない程度に積み、少し離れて火をともしているので、お部屋の方は、とても涼しい。丁度良い明るさの光に、女の姿は、見れば見るほど、美しい。御髪の手あたりなど、ひんやりと、気品のある感じがして、身を固くして恥ずかしいと思う様子は、まことに、可愛らしい。帰りづらく思い、源氏は、ぐずくずとしている。
源氏は、しじゅう誰かいて、篝火を焚きつけよ。夏の月の無い頃は、庭に光がないと、何か気味が悪くて、心細いと、おっしゃる。




源氏
篝火に たち添ふ恋の けぶりこそ 世には耐えせぬ 焔なりけれ

いつまでとかや。ふすぶるならでも苦しき下燃なりけり」と聞え給ふ。女官、あやしの有様やと思すに

玉葛
行方なき 空に消ちてよ 篝火の たよりにたぐふ 煙とならば

人のあやしと思ひ侍らむこと」と、わび給へば、源氏「くはや」とて出で給ふに、東の対の方に、面白き笛の音、筝に吹きあはせたり。源氏「中将の例のあたり離れぬどち、遊ぶにぞあなる。頭の中将にこそあなれ。いとわざとも吹きなる音かな」とて立ちとまり給ふ。




源氏
篝火の煙とともに、立ち上る恋の煙は、永久に消えることの無い、炎だ。

いつまで待てと、言うのですか。くすぶる蚊鑓り火ではないが、苦しい悶えです。と申し上げる。女君は、変な関係だと、思い、

玉葛
篝火に、つれて立ち上る煙とおっしゃるなら、果ても無い空に、その煙も、消してください。

皆が、変だと思います。と、嫌がるので、源氏は、じゃあ、と言って部屋を出る。その時、東の対の方から、美しい笛の音が筝と合奏している。源氏は、中将が、いつものように、一緒にいる連中と、合奏しているのだろう。たぶん、頭の中将だろう。実に、見事に響く、笛の音だと、立ち止まる。

東の対とは、夕霧の部屋である。




posted by 天山 at 01:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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