2013年03月10日

性について227

自我は、同時に、性格をも決定するので、当然のことながら、性格と倒錯形式とは密接な関係がある。つねに対象をおいてきぼりにする自己色情的なリビドーを主流とする倒錯形式をもつ者は、対人関係においても相手のことはどうでもよく、自分にしか関心のない手前勝手な者である。しかし、この逆は必ずしも真ではなく、正常な性交が可能な者が、相手への理解と思いやりにもとづく対象関係を確立した者であるとは必ずしも言えない。
岸田

正常な性交にも、色々なリビドーが参加し得る。
膣を使った、マスターベーションという事態もある。

自分でするより、一応は、相手の女とつながるが、相手を無視する点では、倒錯である。

岸田が強調するのは、
人間におけるエロスの発達は、格別の邪魔さえはいらなければ自動的に自然に進んでゆく過程ではなくて、われわれの自我がいわば人為的に達成しなければならないものである。そこには自然によってあらかじめ定められている予定のコースはない。
と、言うことになる。

リビドーの満足の最終的形式は、正常、異常に関わらず、すべて各人の自我の人工的構築物である、という結論である。

単なる、欲望を満たすという行為にも、結果は、自我の人工的構築物ということになるのである。

しかし、ここで言う、正常、異常という言葉も、本来は、意味が無い。
正常、異常ではなく、人それぞれという言い方になるのである。

社会的に逸脱した場合、異常と言われる。

そして、岸田も、エロスの対にある、タナトスについて触れている。
このタナトス、死への思い・・・
死の願望とか、希求とか、衝動とか、言われるが・・・

それも、それぞれの、リビドーにより、変化するのである。
エロスを語るのであれば、タナトスについて、触れる必要が、矢張りあるのだ。

また、長い旅が始まる。

フロイトは、死の衝動を提唱する際、衝動を定義して、過去の状態の再現をめざす傾向であると言ったが、この定義がすでに、衝動と本能との相違を明確に語っている。
岸田

更に、岸田は、フロイトの定義は、
動物の本能とは異なったところの人間の衝動についての定義であり、いわば、人間における動物的本能の歪みを表している。
と、言う。

色々な説明が語られるが、結果は、フロイトの定義の仮説は、本当についてではない。過去の状態を再現しようと求める衝動についての、仮説である。

その性質は、動物の本能には、存在しないのである。

過去を再現するとか、死の衝動とかを、人間以外の動物は、持たないのである。

フロイトが、本能と区別して呼んだ、衝動という言葉を、岸田は、欲望に置き換えるという。
確かに、衝動は、本能を思わせる。
それは、本能ではなく、人間の欲望であると、言った方が、すっきりとする。

何故、人間の欲望は、過去を再現するという性質を持つにいたったのか・・・

その欲望がかつて挫折した欲望であるかぎりにおいてである。
岸田

その理由は、
人類が、自己保存のためにせよ種族保存のためにせよ、その目的に役立つ本能的行動様式を失ってしまったことに起因するが・・・
と、ある。

本能的行動様式を失ってしまったとき、人間の本能は、欲望に変質したという、意見であるが・・・

更に、自己保存本能は、ナルチシズムに変質し、性本能は、エロティシズムに変質したという。

そして、欲望は、本能的形式と切り離されたため、自然の現実的諸条件と対応しておらず、したがって、挫折することが、欲望の運命となった。

動物の本能が、挫折した場合は、完全に個体、そして、種の滅亡である。
そして、人間の、欲望は、動物の本能のように、完全な満足は、有り得ない。

更に、満足させた場合も、それは、部分的、代理的満足に過ぎない。
厳密に言うと、挫折である。

頭の中で、考え得る限りの、思考であると、思える。
これが、分析である。

これは、基本には、動物の本能の満足を、是としている、考え方である。
人間は、何故、そのようにならなかったのか・・・

それは、大脳化であると、私は言う。
だが、岸田の思考に敬意を表して、続ける。

この分析により、人間が、より欲望を満たすことが出来る形式を作り出せるとは、全く考えない。

学者の言葉遊びである。

更に、時代は、益々と混乱して、本能も無く、欲望も希薄になり・・・
性は、何処へ向かっているのだろうか。

無性という、人種も現れて、それを心理学が、どのように分析するのか、楽しみである。

無性とは、男でも、女でも無いという。
勿論、生物学的には、体は、男でも、女でも、である。

ところが、彼らは、性が無いというのである。
これは、最大の倒錯であろう。



posted by 天山 at 01:57| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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