2013年03月03日

タイ・ビルマ戦線8

今回の旅は、チェンマイにおける、追悼慰霊と支援活動である。

先にも言ったように、七年目の最初である。
基本に戻る。

追悼慰霊があり、支援活動がある。

当初、英霊と言えば、批判が出来ない、云々・・・という、書き込みなどもあったが・・・
その本人が、何を言いたいのか、分らない。

勿論、私の心の内の問題であるから、世の中に公表する必要は無い。
ただ、支援物資を集めるという意味で、テラの会として、告知することにした。

更に、それでは、追悼の意味として、その戦地のこと、そこから、戦記を紹介することにした。
それが、旅日記である。

過去に行われた、戦争の状態を鑑みる。
それによって、平和を希求する。
祈る。

その行為を、公表する。
知らせることが、大切なことと、思う。

その間に、大震災が起こった。
大変な被害を出した。

そして、慰霊と言う言葉が、普通に使われるようになった。

犠牲になった人たちを、思う。
慰霊である。

死者は、心の内にだけ宿るものではない。
確実に、存在する。

無、という状態に帰するものではない。

宇宙の外に出る以外は、無、という状態にはならないのである。

つまり、死者も存在する。
ただし、それをあえて、議論しない。

その存在があるから、慰霊の意義がある。

更に、その存在が浮遊しているのであれば、なお更に、心に掛けるべきである。

行き場を無くした霊位は、不孝である。
行くべきところに、赴くべきである。

それには、生きる者の力が必要である。

霊位とは、想念であり、思念であるから、生きている者の、想念、思念により、祈りにより、慰め励ますのである。

戦没者の追悼慰霊をはじめてから、その行為に霊的なことが数度、数えるほどあったが・・・それ以上のことはない。

幽霊を見ることもない。
その必要が無いからである。
すでに、その存在を認知しているからだ。

これからも続く、追悼慰霊であるが、旅日記には、戦地と、戦禍を伝えるべく、書き続ける。

国のために、命を賭けるという時代もあるということだ。
そして、そういう時代にしないための、方法も考えることが出来る。

平和は、いつも、創り出すものである。
黙っていては、平和を創りだせないのである。

それを、追悼慰霊によって、知る。

死ぬまで、旅は続く。
そう考えている。

支援活動は、年を取ると、出来なくなるかもしれないが・・・
慰霊は、死ぬまで続けられる。

少しばかり、自分を励ますこともある。
つまり、それは健康である。
健康でさえあれば・・・
いつまでも、続けられるのである。

誰も、逃れられない年齢というもの。
生きる歳月は、どうしようもないもの。
そして、その歳月の内に、亀井勝一郎の言う、
歳月は慈悲を生ず
を、感じたいと思う。

慈悲とは、あはれ、である。

いや、あはれ、の心象風景の、一つである。

もののあはれ
私は、これを生きるべく、生きているらしい。

日本人として・・・
私が日本人である、とは、旅の間に、いつも考えさせられた。

何処から・・・
ジャパンです・・・

私のふるさとは、日本なのである。
そして、多くの戦没者も、日本が、ふるさとである。
その、ふるさとのために、死ぬ覚悟があるか・・・

私は、自分に、いつも問い掛ける。



posted by 天山 at 05:53| タイ・ビルマ戦線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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