源氏
なでしこの とこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人やたづねむ
この事のわづらはしさにこそ、まゆごもりも心苦しう思ひ聞ゆれ」と宣ふ。
玉葛
山がつの 垣ほに生ひし なでしこの もとの根ざしを 誰か尋ねむ
はかなげに聞えない給へる様、げにいと懐かしく若やかなり。源氏「来ざらましかば」とうち誦し給ひて、いとどしき御心は、苦しきまで、なほえ忍びはつまじく思さる。
女房たちが、傍近くに控えているので、いつものように、冗談も言わず、源氏は、なでしこを思う存分に見ることもなく、あの連中は、出て行った。何とかして、大臣にも、この花園を見せてあげたい。人の命は、解らない、と思う。昔も、何かの時に、あなたのことを大臣が、お話になったのも、昨日、今日のような気がする。と、言い、少しばかり、口にしたことに、心が騒ぐのである。
源氏
撫子の娘の、変わらぬやさしい色を見たらば、もとの垣根の母のことを、根掘り葉掘りするだろう。
それが面倒なので、あなたを隠しているが、気の毒と思う、と、仰せられる。姫は涙を流して、
玉葛
卑しい、山がつの垣根に生まれた、撫子の、その元の根を、誰が尋ねたりしましょう。
と、問題にならないような、申し上げをするところ、いかにも、優しく、若々しい。
源氏は、来なかったら、と口ずさみ、ひとしお募る思いは、苦しいほどで、矢張り、我慢できないと、思うのである。
古今集より
読み人知らず
あなこひし 今も見てしが 山がつの 垣ほに咲ける やまとなでしこ
源氏の心は、玉葛に留められているのである。
どうしても、玉葛の部屋に入り浸りになる。
何とも、好色、色好みの世界である。
が、物語は、それを軸にして、何事かを語る。
それが、もののあはれ、であり、大和言葉の調子である。
調子とは、言葉の流れである。
この辺りまで来ると、物語の言葉遣いに慣れてくる。
ますますと、大和言葉の美しさが理解できる。
更に、語源である。
そして、当時の敬語のあり方。
それは、現代にも生かされている。