2013年01月02日

ミャンマー難民孤児に逢う4

今回出掛けた、タイ、メーソートは、四回目である。

タイ、西北部のミャンマー国境の町である。
バンコクから、国内線で一時間。

メーソートは、正式発音では、メソッとなるが、表記する時は、メソットとなる。

多くのビルマ人がいる。
そして、今も、続々とミャンマーから少数民族の人たちが、入る町。
難民である。

移民ではない。
町の至る所で働く。
多くは、3Kの仕事をする。

私が泊まったホテルの、ベッドメークの女性たちも、皆、ミャンマー、ビルマ人である。

更に、地元の食堂などで働く。
高級店では、厨房の仕事をする。

もし、仕事が無ければ、資源ゴミを集める。
更には、物乞い、ストリートチルドレンになる。

前回の、三度目は、6つの施設を廻った。
今回は、行ってから決めることにしていた。

孤児施設は、50以上あると言われる。

その、すべてを廻る訳ではない。
別の組織が支援をしている施設もある。

その多くは、キリスト教系である。
特に、プロテスタントが多い。
それは、布教を伴う。

良い悪いの問題ではないが・・・
少しそれは、異様に見える時もある。

実際、今回、森の中の施設に出掛けると、子供たちが、教会に移動していたのである。
だから、私たちも、その教会に出掛けた。

丁度、礼拝の前の準備をしていて、子供たちは、賛美歌の練習をしていた。

代表の先生が、礼拝まで30分ほどあるので、その間に、どうですかと、尋ねてきた。
早速、衣類を渡すことにした。

あっという間の出来事だった。
ただ、少しばかり気になった。

子供たちは、教会の周囲に建てられた建物で生活する。
だから、教会付きである。

そこでは、勿論、プロテスタントの教えが主になる。
少数民族には、それぞれの伝統がある。
しかし、そこで世話を受けなければならないとしたら・・・

その、教えを受け入れるしかないのである。
選択の余地は無い。

私は、それでも、いいと思う。
その後、子供たちが決めることになる。

15歳になったら、その施設を出ることになるのである。
そのまま、クリスチャンになる子供もいるだろう。

だから、日本人のボランティア団体の人たちが、何の目的で支援をするのかと、問われると、絶句するのである。

皆、それぞれの目的があって、支援すると思っている。
宗教の布教であれば、即座に納得する。

しかし、日本のボランティア団体は、無償である。
神道を布教するなど、考えられないことだ。

私も、そうである。
全く、無償である。

必要ならば、差し上げます。
ただ、それだけで終わる。

時々、日の丸を掲げて、君が代を歌う程度である。

前回、明確に、キリスト教系の施設と解った所には、出掛けなかった。
そして、お金が必要だという所にも、である。
お金は、渡せないのだ。
何に使われたのか、解らない。

衣類と、文具、そして、食糧やお菓子、飲み物の支援である。
物のみを、支援する。

毎回出掛けている、無料診療所、メータオクリニックに出掛けた。
以前の倍に広がっている。
ミャンマー難民だけではなく、タイ人の貧しい人たちにも、解放しているという。

そこには食堂から、子供のための学校まで出来た。
それで、障害を持つ子も、生活出来るようになった。

少し前に、ミャンマーから、アウンサン・スー・チー女史が訪れた。
彼女の訪問が、少しでも、彼らの希望になればいい。

私は、患者さんたちの病棟で、支援をした。
まず、一番必要なもの、バスタオル、タオルである。
それから、衣服。大人の男女のものである。

子供たちの衣類は、大半が無くなった。
残るのは、幼児のものである。
だが、幼児の施設には、出向かなかった。

それらは、ホテルで働く、女性たちに渡した。
皆、若いので、子供がいる。

バンコクに戻る日の朝、その女性たちから、長い感謝の言葉を頂いた。
意味は、解らないが、両手を合わせて、何事か言う。

それが、何となく解るのである。

一人だけ、英語の出来る女性がいたので、また来ますからね、と声を掛けて、さようならをした。




posted by 天山 at 06:46| ミャンマー難民孤児に逢う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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