2012年12月08日

もののあわれについて593

すきずきしきやうなれば、居給ひもあかさで、軒の雫も苦しさに、ぬれぬれ、夜深く出で給ひぬ。時鳥などかならずうち鳴きけむかし。うるさければこそ聞きもとどめね。御けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣の君に似奉り給へり。と人々もめで聞えけり。昨夜いと女親だちて、つくろひ給ひし御けはひを、うちうちは知らで、あはれにかたじけなしと皆言ふ。




熱を上げすぎたことになると思い、座り込んだまま、軒の雫の苦しさに濡れつつ、夜遅くお出でになった。ホトトギスなども、きっと鳴いたでしょう。
面倒なので、聞きませんでした。
ご様子などの美しさは、とてもよく殿様に似ていらしたと、女房達も誉める。昨夜は、すっかり、女親のように、お世話を焼いたことを、詳しいことは知らないので、しみじみとありがたいと、一同が言う。

この部分は、三人称で書かれている。
作者の言葉、思いが多い。

あはれにかたじけなし
しみじみと、ありがたい、と訳すが・・・
これ以上の、形容詞は中々無いのである。
切々と、ありがたい・・・

しみじみと思うことを、あはれ、であるとすると、あはれ、の風景が狭まる。




姫君は、かくさすがなる御けしきを、「わがみづからの憂さぞかし。親などに知られ奉り、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げなくもあらまし。人に似ぬ有様こそ、つひに世語りにやならむ」と、起き臥し思し悩む。さるは、まことにゆかしげなきさまには、もてなしはてじ、と、大臣は思しけり。なほさる御心癖なれば、中宮なども、いとうるはしくやは思ひ聞え給へる。ことに触れつつ、ただならず聞え動かしなどし給へど、やむごとなき方のおよびなさにわづらはしくて、おり立ちあらはし聞え寄り給はぬを、この君は、人の御さまも、気近く今めきたるに、おのづから、思ひ偲び難きに、折々人見奉りつけば疑ひおひぬべき御もてなしなどは、うちまじるわざなれど、あり難く思し返しつつ、さすがなる御仲なりけり。




姫君は、このように、うわべを繕う殿様の様子に、自分の不運なのだ。親などにも知ってもらい、世間並みの人として、このような気持ちを見るのだったとしたら、どうして、不釣合いだろう。普通でない、わが身の状態こそが、情けない。結局、噂の種になるかもしれないと、昼夜、思い悩むのである。
実は、殿様、源氏は、人聞きの悪い扱いにはしないと、思っていた。が、やはり例の性分なので、中宮なども、きれいに思い切ったりするものですか。何かにつけて、普通ではない言いようで、気持ちを引いたりなどするが、身分が高くて、手が届かないゆえに面倒で、自信があって、言い寄ることはしないのだが、この姫君は、様子も親しみやすく、今風なので、ついつい、我慢できずに、時々、人が見つけたら、疑われそうな態度などもある。感心なことには自制はするが、危なっかしい御仲である。

作者の、独白のような書き方である。
玉葛に思いを寄せつつも、親らしくもするという、源氏の様子である。




五日には、馬場の大殿に出で給ひけるついでに、渡り給へり。源氏「いかにぞや。宮は夜やふかし給ひし。いたくも慣らし聞えじ。わづらはしき気添ひ給へる人ぞや。人の心やぶり、物の過すまじき人は、難くこそありけれ」など、活けみ殺しみ戒めおはする御さま、つきせず若く清げに見え給ふ。艶も色もこぼるばかりなる御衣に御直衣はかなく重なれるあはひも、何処に加はれる清らにかあらむ、この世の人の染め出したると見えず、常の色もかへぬ綾目も、今日はめづらかに、をかしく覚ゆるかをりなども、思ふことなくは、をかしかりぬべき御有様かな、と姫君思す。




五日に、馬場の御殿に出掛けたついでに、玉葛の元に立ち寄った。源氏は、どうでしたか。宮は、夜更けまでいらしたか。あまり、近づけないように。厄介な癖を持つ人ですからね。女の気を害したり、何か失態をしない男は、めったにいませんよ。などと、誉めたり、けなしたり、注意をする様子は、言いようも無く、美しく見える。艶々と華やかに見える御衣に、御直衣が、無造作に重なる色合いも、どこから湧き出した美しさなのか。この世の人が染めたものとは思われないようで、いつもと色も変わらぬ衣装の模様も、今日は特に見事で、素晴らしく感ずる匂いなども、物思いがなければ、素晴らしいお姿だと、姫君は、思うのである。




宮より御文あり。白き薄様にて、御手はいと由ありて書きなし給へり。見る程こそをかしかりけれ、まねび出づれば、ことなることなしや。


今日さへや 引く人もなき 水隠れに 生ふるあやめの ねのみなかれむ

例にもひき出でつべき根に、結びつけ給へれば、源氏「今日の御返り」などそそのかし置きて出で給ひぬ。これかれも、女房「なほ」と聞ゆれば、御心にもいかが思しけむ、

玉葛
あらはれて いとど浅くも 見ゆるかな あやめもわかず なかれけるねの

若々しく」とばかり、ほのかにぞあめる。手を今少しゆえづけたらば、と、宮は好ましき御心に、いささか飽かぬことと見給ひけむかし。薬玉など、えならぬさまにて、ところどころより多かり。思し沈みつる年頃の名残なき御有様にて、心ゆるび給ふ事も多かるに、同じくは人の傷つくばかりのことなくても、止みにしがな、と、いかが思さざらむ。




宮から手紙があった。白い薄様で、筆跡は素養の見える書きぶりである。見たときは、素晴らしかったが、今、口にすると、たいしたことがない。


今日さえ、引く人のない、水に隠れて生える菖蒲の根だけ、流れましょう。私も音を上げて、人に隠れて泣きます。
後々まで、例に引かれそうな、長い菖蒲の根に結びつけたので、源氏は、今日のお返事をしなさいと、催促して、出て行かれた。誰彼も、そうおっしゃらないで、と、申し上げるので、何を思ったのか、

玉葛
すべてを見せてくださり、いっそう、浅く思われます。わけもなく流れる根です。わけもなく泣けるという、あなたが・・・

幼くしていらっしゃる、とだけ、薄墨で書いてある。筆跡が、もう少し立派だと、宮が風流な心ゆえ、少々不満に思ったでしょう。薬玉など、立派に作り、あちこちから、沢山届く。情けない暮らしだった、長い年月の跡形もない様子で、心にゆとりのあることも多く、同じことなら、源氏が傷つくまでのことなしに、何とか、おしまいにしたいと、どうして思わないことがありましょう。

これも、三人称である。
作者の思いで書かれる。

後に、付け足された物語であるということが、解るというもの。



posted by 天山 at 05:47| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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