2012年12月04日

性について。222

エロスの最大の障害は、なんであろうか。
それは、自分自身の中にある。
つまり、自己愛である。

ナルチシズムである。
それは、他者を伴わない行為であり、行動である。
己一人に帰結する。
つまり、エロスの昇華が無い。

自己愛人間については、別のエッセイ、霊学に書いている。

ここでは、社会心理学の有名な、エーリッヒ・フロムから、引用してみる。

これまでのところ、私はいかなる技術の実践にとっても必要なことを検討してきた。いまや私は、愛する能力にとって特別に重要であると思われる特性を検討してみよう。愛の性質について私がのべたところに従えば、愛が成熟するための主な条件というものはナルチシズムの克服である。
愛するということ 第四章愛の実践

およそ70年前に日本語訳されたものである。

ナルチシズム的な方向づけというものは、自分自身の中に存在するもののみを現実として経験するということである。だから、その一方に、外部の世界に起こっている現象は、そのような人たち自身の中においてはすこしも現実性を持たず、それらが人にとって有益であるか危険であるかという見地からのみ経験されるのである。
フロム

つまり、人間は、エロスを忘れて、すでにナルチシズムに陥った時代になったのかもしれない。
これは、恐ろしいことである。
そして、それが社会に起こる多くの事件を見ると、良く解るのである。

子殺しなどを見れば、歴然とする。

エロスを生きられない人間は、自己愛に生きるしか方法が無いのである。
そして、それは、病理ともいえる可能性がある。

フロムの、愛するということ、という著書も、すでに必要のない程、時代は、変化し変容している。

エロス、つまり、愛を求めない。
いやいや、精神的愛というもの、プラトニックというものがあるという人がいるだろうが、それも、根本は、エロスが宿るものである。
その、エロスを昇華させて、精神に至るのである。

単に、性欲が無い。エロスの欲望が無い、だから、精神的愛なのだ、ではない。
それは、病んでいるのである。
しかし、その病んでいることさえも、気づかずにいる状態にまで、至った病なのである。

ナルチシズムに対する反対の極は客観性である。それは人や物をそのあるがままに客観的に見、理解する機能である。そしてこの対象像を欲望や恐怖によって形作られた像から分離することのできる機能である。
フロム

対象像を欲望や恐怖によって、形作られた像から、分離することのできる、機能とは何か。

それが、あるがままに見るということなのである。
だから、客観的になる。

ナルチシズムの自己愛人間は、それを、あるがままに、見ることが出来ないのである。
要するに、欲望、恐怖という像から、分離させられないのである。

自己愛病と言っておく。

あらゆる精神病は、客観的な立場を保つという点で極度に無能であることを示している。
フロム

エロスにおける、病が、蔓延した時代、新しい世紀である。
ということになる。
だが、それが大勢であれば、それがまともなことになる。

狂った人が多ければ、それが正常なのである。

フロイトは、結局、エロスの最終章は、人類の社会、文化、文明は、人類が死んでゆく過程で、死の本能に逆らい、生み出し続け、組織づけてゆく、エロスの産物という。

この場合になると、エロスは、生きる本能ということになってくる。
性愛である、エロスが、ここまで行くか・・・という、思い。

ここまでくると、エロスは、死と対極のものになる。
更に突き詰めると、エロスは、死に対する、不安を和らげるもの、あるいは、エロスは、死への準備、更には、エロスによって、死を受け入れる心を作る等々、人間の妄想は、計り知れない。

エロスの頂点に達することは、死の学びである。
などという、人を食ったような言葉も出てくる。

性愛の絶頂である、オーガズム、達することは、死ぬことである。
などと、解ったことを言うような者、多々あり。

さて、フロムに戻ると、
狂っている人、あるいは夢見ている人は、外部の世界を客観的に観察することが完全にできなくなっている。しかし、われわれのすべても、大なり小なりくるっているか眠っているのである。
と、言う。

更に、驚くべく事に、
われわれすべてが世界についての非客観的な見解を持っているのである。それはわれわれのナルチシズム的見当づけによって歪められたものなのである。
と、なる。

その実例を上げれば、キリが無いので、止める。

空海も、人は酒に酔っているようなもので、真実を知らないというようなことを言うが、本人は、酔っていないつもりであるというのが、面白い。
自分も酔って、大日如来などという、妄想を掲げていることを知らない。

まあ、学者研究家も、警告を発するのが、得意であり、更に、それが仕事でもある。要するに、それで、食っている。生計を立てている。

それが、金にならなくなると、別の事を言い出すのであるから・・・




posted by 天山 at 00:01| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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