2012年11月07日

最後の沈黙を破る68

今年、2012年、平成24年は、半年、日本にいた。
つまり、海外に出掛けていない。

何故か。
活動費の金策が尽きたことと、足の調子が、戻らないことである。

金策については、実の弟が、支えてくれることになった。
ありがたい・・・
家族に理解されることが、何より嬉しい。

一年間で、10回、東南アジア、太平洋の国々に出掛けた。

皆、暑い国である。
ところが、六年振りに、日本の夏を過ごすと、暑さの意味が違うのである。

タイ、バンコクも、都市であるから、似ていると思ったが、それも、違う。

非常に不快なのである。
それでは、と、エアコンを点けてみるが、それも、不快なのである。

要するに、日本にいることが、不快なのか・・・と、考えてみた。

確かに、日本にいることは、不快である。
その一つに、新聞がある。
勿論、海外でも、日本の新聞を読むことが出来るが・・・
毎日、配達される新聞を読むのが、苦痛になる。

楽しい気分で、新聞を読むことはない。
そして、テレビも、見ないが、目に入ることが多々ある。

待合室などでは、テレビが点けられてあるからだ・・・
そのテレビを見ると、具合が悪くなる。
芸無しの芸人たちが、何やらやっている。
それが、実に腹立たしいのである。

更に、コマーシャル・・・
具合が悪くなる。

韓国のドラマ・・・
一体、何のために、このような韓国のドラマが流されるのか、全く意味が解らない。
勿論、韓流ドラマが、何故、テレビに流れるのかの、理由は知っている。

ステマ、つまり、ヤラセであるから、それは、納得済みである。

あまりに、お粗末で、頭の悪い者たちが、作るドラマである。

勿論、日本のテレビ全体が、頭の悪い者たちが作るということも、知っている。

テレビの時代は過ぎたということも、である。

唯一、許せるのは、マンガ程度である。

そして、その他に、何が問題なのか・・・
それは、日本人の意識である。

私の廻る国々は、日本を理想として、希望を持って見ている人たちに多く会う。それは、大変ありがたいことだ。
しかし、帰国すると、その日本人に、愕然とする。

どこの国にも、犯罪は、ある。
しかし、日本の犯罪が、このところの、数年で、大きく変わった。

子殺しに、いじめ・・・
いじめ自殺・・・

それに対する、解決策は、見えない。
更に、それに携わる人たち・・・
あらゆる人たちである。
皆、金を得るために、何事かを行うのみ。

どの事件にも、共通する、責任の所在が解らないというもの。

東電の国有化・・・
一兆円も、注ぎ込むとか・・・

JALの株式上場・・・

皆、税金を使う。
そして、それを決める国会議員たち・・・

何か違う・・・と、感じるのだが・・・

不透明で、よく解らないのである。
それは、責任の所在と同じように、である。

日本の伝統的な、曖昧さとも、違う。
不透明なのである。

曖昧さとは、明確に曖昧であることが、解る。
しかし、不透明は、曖昧ではない。
不透明なのである。

心理療法士が、患者を治すような、不透明さ・・・
良く解らないが・・・よくなってきている・・・

別に、心理療法士でなくとも、そんなことは、出来る。
昔は、皆そうして、皆で、治していた。

ところが、資格を作り・・・
そうして、本来の姿とは、別物になるような・・・
不透明さである。

だが、それが時代が要求したことであるとするならば、それで、いい。

時代には、その精神がついている。
時代精神というもの・・・
それには、逆らえないのである。

それにしても、矢張り、海外に出掛けていた方が、楽なのである。




posted by 天山 at 06:23| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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