2012年11月05日

平成24年ネグロス島へ6

昼近くにコーターが目覚めて、コーヒーを飲みに行くというので、それではと、支援物資のバックを持った。

路上生活をしていた、親子の所に行く。
コーターに、カメラを持たせて、出掛けた。

市場から、一本道が離れている。
そこへ行くと、子供が、五人に増えていた。

一番大きな子が、男の子である。
そして、その弟と、三人が、女の子。
赤ん坊といってもいい子もいる。

さて、支援物資を出した。
子供たちが、オーッと声を上げる。
一人一人に合わせた、シャツ、ズボンを渡す。

周囲から大人たちも、見にやって来た。

そして、私は、一番上の男の子に、食べ物は・・・と、聞いた。
と、言っても、ジェスチャーである。
頷く。

その子を連れて、道端で売る、腹持ちするものを買おうと思った。
一人の、おばあさんが売る、餅のようなもの。
ところが、男の子が、こっちがいいと、指差す。

日本で言えば、ジャンクフードの店であるが・・・
中に連れて入った。
私は、その中のパンを10個買った。
すると、その子は、あれが食べたいと、指差すのである。

それが、セットメニューにある。
ハンバーガーと、パスタ、コーラーが着いている。
それを注文していると、女の子が店のガラスの前に来て見ているので、私は、先ほど買ったパンを渡した。

弾むように、親の元に戻った。
男の子は、持ち帰りにして貰い、それを持って、戻る。

先ほどの、おばあさんに、ごめんなさいと、日本語で言うと、笑顔で、何やら言う。
子供たちのことを、毎日見ていたのだろう。

写真を撮って、私たちは、市場のコーヒー屋に向かった。
コーヒーを飲んだ後で、そのままカテドラルの公園に行くことにした。

ブラック、10ペソ、20円のコーヒーは、本格的コーヒーである。
日本では絶対に飲めない代物。
香り良し、味良し。

タバコをふかしつつ飲む。
最高の気分である。
こんな場所に、まさか、こんなコーヒーの店があるとは・・・

その時間帯に出て来た女の子は、顔見知りである。
片言の英語で話しをする。
美人ではないが、愛敬がある。

ブラックには、お湯が着く。
要するに、お湯を足しても、お湯を飲みつつでもいいのだ。
だが、地元の人たちは、お湯を飲まないし、薄めもしないで、飲む。

男たちは、ばら売りのタバコを買って、ふかしている。

道端で、バリ売りのタバコを売る、おじいさんに、コーターが一月の収入を尋ねた。
500ペソ、1000円だという。
えっ、1000円で一月・・・それで生活しているの・・・

驚いた。

一箱を売っても、5ペソの利益である。
当然といえば、当然である。

さて、コーヒーを飲み終えて、公園に向かった。

渡せる子がいれば、いいが・・・
ストリートチルドレンは、神出鬼没である。
いつ、現れるか、解らない。

昼近くは、姿が見えない。
だが、その日、私は何度も足を運んで、グループになっている子たちに、食べ物を与えた。
それで、すぐに顔見知りになる。

ホテルに戻り、私はコーターに提案した。
ストリートチルドレンを集めて、パーティをしよう。
そこで、皆に、食べ物、飲み物を上げて、色々と話をする。

と、計画はいいが・・・
何せ、今は、お祭りの最中である。
公園の広場では、夕方前から、踊りなどの催し物があり、それは、実現しなかった。

だがら、目に付いた時に誘って、道端で売られる、チキンとご飯を人数分買って、渡した。
兎に角、安いので、大盤振る舞いである。

一人分、25ペソ、50円程度。
日本では、考えられない金額である。

そうして、何もしない日に、すでに活動をはじめていた私である。

その夕方、エジアさんの家に行くことにする。
一箱だけ届いた、支援物資を取り、エジアさんから、明日行くべき、施設の場所などを確認する。

更に、私たちは、その夜、日本食の店に行くことにした。
今までは、決してないことである。
お祭り気分に乗せられたとしか、言いようが無い。

だが、結局、日本食の店に行ったのは、翌日の夜であった。



posted by 天山 at 01:01| 平成25年ネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。