2012年11月03日

平成24年ネグロス島へ4

翌日は、朝六時前に目覚める。
矢張り、寝ていられないのである。

普段着に着替えて、休んでいると、カテドラルの鐘が、やたらに長い。
ああ、自動でメロディーを奏でるようにしたのだ・・・と、思う。

ある時間ごとに、それが鳴り響く。
バコロドには合っている。

さて、私は、市場にコーヒーを飲みに出た。
絶品のコーヒーである。
説明すると、長くなるので・・・
一杯、10ペソ、20円である。

その贅沢な煎れかたといったらない。
挽いたばかりのコーヒーを延々と、落としている。
それを、カップで掬い出す。

市場の回りは、もう商売を始めている。
マンゴーの切り売りを買った。
隣の花屋の、兄ちゃんが通訳である。
ネグロス島の言葉しか出来ない人も多い。
若者は、英語が出来る。

その切り売りを持って、市場に向かう途中で、二人の幼児に会った。
挨拶した。
近くにいた母親が、挨拶をする。
路上生活をしているのだ。

私は、母親に、ここにいますか?
後で、プレゼントで衣類を持ってきますと、言った。
母親は、少し英語が理解できる様子で、ここにいますと、答えた。
切り売りの、マンゴーは、手を出す女の子に上げた。

さて、コーヒー屋には、以前の顔がいない。
注文するのに、言葉がある。
つい、アメリカンと言ってしまった。
すると、一人のおじさんが、通訳してくれた。

しかし、出て来たのが、牛乳入りである。
違うのに・・・
まあ、仕方が無い。

砂糖を入れて飲む。
ブラック、プレーンだったか・・・
でも、ブラックと言うと、そのままで・・・

その香りと味わいは、絶品である。
そして、その安さ。
コーターが見つけた店であるが、私も一日、何度か通うことになる。

朝は、仕事前の男たちが多い。
更に、コーヒー屋の前に、米で作った腹持ちする、色々な米お菓子のようなものが、売られている。それを買って食べると、朝ごはんである。

私も、時々、ストリートチルドレンに、それらを買って配ることにしている。

タバコをふかして、コーヒーを楽しむ。
男たちは、皆々、タバコを吸うので、安心して、ふかす。
実は、フィリピンでも、禁煙の場所が多くなった。
ホテルの部屋でも、禁煙が多い。

レストラン、公の場所・・・
地元の人たちの食堂も、一部禁煙になっていた。

だが、喫煙場所も多いのが、救いである。

今日は、何もしない日であるが・・・
しないでいられない、気分である。

後で、また来ようと、立ち上がった。
そして、目の前の、米菓子売りの前に立つ。
私たちも、時々買って食べるものである。

すると、一人の男の子が、通る。
そして、行き過ぎて、また、私の元に戻った。
手を出す。
そこで、いつものゼェスチャーである。口に手を当てる。
すると、男の子が、頷く。

私は、彼に、欲しい物を選べとゼェスチャーで言う。
彼は、何と慎み深く、バナナの揚げ物を一つ選んだ。
私は、店の人に、もっと、上げてと言う。
すると、袋に五つ入れた。

一つ、5ペソ、10円である。
男の子は、現地語で、ありがとうと、言う。

その辺りの人たちは、私が何をしているのか、知っている。
皆、とても親切で、自然、私の存在も、その中に、溶け込む。

フィリピンは、小学生から英語を学ぶので、学校へ行っている子なら、英語で話が出来る。だが、学校に行かない子もいる。
ストリートチルドレンである。

だから、英語の出来る子を呼んで、通訳してもらうこと多々あり。

矢張り、私も、米のお菓子を少し買って、そのまま、カテドラル前の公園に向かった。

公園の周囲は、フェスティバルのために、屋台で覆われている。
その合間を通り、公園の中に入る。
至る所に、皆々、寝ている。

ストリートチルドレンだけではない。
ストリートアダルトも多い。

一人の男の子が目覚めていた。
近づくと、手を差し延べる。
物乞いである。
私は、口に手を当てる。
男の子は、頷く。
その時、一人の男の子かぎやってきた。

モーニングと言うと、モーニングと返すので、英語、オッケーかと問うと、頷く。
年は幾つ・・・
12歳・・
彼は、13歳だった。

父母がいるのか・・・
彼は、いない。僕は、母がいる。

私は、六つ入った、白い米のパンを、13歳の子に渡した。
すると、代わりに、その子がサンキューと言う。

だが、どう見ても、13歳に見えない。日本では、七、八歳程度の大きさである。
つまり、栄養が足りないのである。

私は、後で、シャツ、パンツを持ってくるから、と言った。
日本からの、プレゼントだよ・・・
英語の出来る子が、笑顔で頷いた。

そこから立ち去り、少しして、振り向くと、何と、13歳の子が、英語の出来る12歳の子に、一つパンを上げている。自分が食べる前に、差し出している。
仲間なんだ。
彼らは、決して、物を独占しない。
分配して、仲間と連携するのである。
それには、いつも、関心する。

最後は、荷台の上に寝ていた、小さな女の子の横に、米のパンを置いた。
そのまま、一度、ホテルに戻る。
今日から、活動する。

年を取ると、自分の疲れが解らないのである。
それで、いい。どうせ、死ぬ。



posted by 天山 at 06:43| 平成25年ネグロス島へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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