2012年09月07日

霊学78

1957年、アメリカの、デメントとクレイトマンという学者が、夢に関する、研究を発表した。

睡眠中に、眼球がくりくりと動き、脳波は覚醒時と同様に動き、筋肉は緊張がなくなるという時期があることを見出した。筋肉の緊張がなく、よく眠りに入っているのに、脳波が覚醒状態を示している。
その眠りを、逆説覚醒と名付け、あるいは、眼球が動くので、REN期とも言う。レム睡眠である。

そこで、睡眠中の人に、レム睡眠がおとずれたとき、すぐに起こして、夢をみていたかどうかを尋ねると、夢を見ていたと報告する人が圧倒的に多いことが、解ったのである。

80パーセントの人が夢を報告したという。

この、レム睡眠の時期は、一般的に、一晩に五度くらいあるので、睡眠時に、五回くらいの夢を見ていると、言われているのである。

最近は、レム睡眠以外でも、起こすと、夢を報告する人が、ある程度いるので、確定的ではないが、人間は夢を見ることが確かだということが解った。

デメントは、断夢、という、実験を行い、レム睡眠が起こりかけると、その人を覚醒させ、夢を見させないようにした。
五日間続けて、あとは、自由に眠らせると、レム睡眠が増加することがわかった。

つまり、それで、人間が夢を必要としていることが、解ったのである。

それでは、その夢について・・・

夢は自分自身によって演出され、演じられたドラマであると、考えることができる。更に、夢は、劇と同じような構成を持ち、四段階に分けられる。

場面の提示
発展
クライマックス
結末
である。

ただし、それは覚醒したときに、記憶しているもので、その一部しか覚えていないということも多い。

夢の構成力が強い場合は、一度、覚醒しても、再び、夢の続きをみるということもある。

人が眠っている間、無意識が活性化され、その動きを睡眠中の意識が把握し、それを記憶したものが、夢である。
夢は、意識と無意識の、相互作用のうちに生じてきたものを、自我がイメージとして、把握したものであるといえる。

古代では、夢は、もう一つの現実として、捉えられていた。
古代人が、いかに、夢を重要視したかは、様々な記録で、見る事ができる。

また、夢占いの話も多い。
ただし、合理主義が登場してから、その夢に対して、注意を払わなくなった感がある。

夢を再び正面から取り上げようとした、フロイトの夢判断により、再度、夢というものに、注目が集まった。

更に、ユングが取り上げて、夢分析による、人間回復が行われるようになる。

治療の分野でも、夢は、実に有効な手段となるのである。

先の、ユングの元型の概念も、夢分析から、生じてきたものである。

最近では科学的な、いやまさに自然科学的な夢研究が存在している。しかしその研究者たちは、嫉妬深く科学性を気にかけて、夢の意味についての問いに直面することを避けている。我々は彼らから、夢に関連している神経生理学的条件、関与している脳構造や類似の生物学的要因について多くのことを聞いている。
夢の意味 C、A、マイヤー

我々はまた、覚えているか否かにかかわらず、あらゆる人が規則的にリズミカルな間隔で一晩に四、五回夢を見ることを学んだ。また夢の実験的な剥奪はよからぬ効果をもち、補充のための夢需要を引き起こすことを知った。この最後の十分に確証された事実は、夢が少なくとも生物学的に必要であることを明らかに物語っている。
マイヤー

マイヤーは、ユングの高弟子である。

科学的な心理学は、意識の現象のみに関われるが、それに対して、夢は、生粋に無意識的な心の産物であるとする。

そして、自発的な自然産物として、理解されるべきであるとする。

無意識の、妨げがない、活動が夢である。

故に、夢から、無意識の世界を覗く、あるいは、無意識の世界の手がかりを捜すことができるというものである。

夢を全く見ないという人は、単に、夢を忘れているだけで、夢を見ない人は、いないのである。
更には、覚えている夢と、忘れる夢の差もある。

眠りから覚めて、夢を忘れるというのは、健康な証拠であると、わたしは、考えている。それは、睡眠中の、夢により、無意識を意識化させることなく、つまり、余計な感情に左右されることなく、生活出来るからである。

朝の光で、夢を忘れる。
全く、健康である。

それが、夢の感覚を引き摺りつつ、生活するというのは、何とも、嫌なものである。
だが、そういう人がいる。
意味の解らぬ、不愉快、不安・・・

夢の続きを、生活の中に存在させてしまう。

だが、夢についてを、少し語らなければならない。
夢が無意識の世界の、入り口だから。

ただし、あくまでも、仮説として、私は考える。
確かに、夢を手掛かりにして、心の問題を解決するという、夢分析の効果と、実績を、否定するものではない。
出来れば、そんなことをせずに、心の問題解決をしたいものであるが。




posted by 天山 at 05:51| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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