2012年09月06日

霊学77

何度も何度も私は、元型はその内容に関して決定されている、つまり、それは一種の無意識的な観念であるという誤解にあっている。元型はその内容に関して決定されるものではなく、その形態に関してのみであり、それも非常に限られた程度においてのみそうであることを、ここにふたたび指摘しておくことが必要である。
原始心像は、その内容に関して、それが意識化されるとき、従って意識的経験の素材によって満たされるときのみ決定される。しかしながら、その形態は・・・結晶の軸構造と比較しうるものであろう。それはそれ自身物質的な存在ではないが、母液のなかの結晶構造をつくりあげるかのようなものである。・・・元型はそれ自身空で形態的であり、潜在的可能性にすぎない。それは先験的に与えられている表象可能性なのである。
ユング 元型と普遍的無意識

元型は、先験的に与えられている表象可能性、なのであり、表象ではないのである。

簡単に説明すると、元型は、普遍的無意識にあり、それが、個人的無意識、そして、意識に、元型による、原始心像が現れるということだ。

元型は、生得的に存在していると、ユングが言う。
それで、後天的に獲得したイメージが、遺伝されるのは、不可能だという、批判を受けた。

しかし、上記に書いた通り、それは、元型と、元型的イメージと、区別することによって、解決された。

それを、後で、解説するが、グレートマザーだの、影、アニマ、アニムス、などという、重要なポイントが出てくるのである。

その元型を見ていると、すでに、タロットカードなどでは、お馴染みなのである。
占いの、イメージとしては、ユングより、先に使用されていた事実がある。

ユダヤ教の、タルムードなどにも、それは、見出せる。

ユングは、それに学問的意義と意味を見出したのである。

ユングが後に、星占いや、東洋の易などに、興味を持ったのは、正解である。それらは、すでに、元型など、とうの昔にやっていたのである。

今も、ユング研究所では、星占いや、易を学ぶという。当然である。

以下の説明も、すでに、占いの世界では、当たり前のことだった。

元型的なイメージは個人のコンプレックスによっても、色付けされる。普遍的無意識から、個人的無意識の層を経て、自我に達するのであるから、当然である。

更に、コンプレックスは、元型的な心的内容の自我に対する、直接的な侵入を防いでいるということも。コンプレックスの弱い人は、元型的なものの侵入を受ける可能性が、高いともいえる。

元型は、人類共通のものと、仮定されるが、それが、元型的イメージとして把握される場合は、個人の意識のあり方、そして、個人の地域性、時代性、それぞれの文化的影響を受ける。
それで、文化的無意識という、概念を立てる人もいる。

こうなったら、言った者勝ちである。

心理学と同じように、何々的無意識・・・

ホント、いい加減にして欲しい。

あくまでも、元型という、普遍的無意識とは、仮定、仮説である。

それを見た人は、いないし、いれば、狂う。
狂わない程度で、小難しいことを言うのが、学者たち。

ある時代、ある文化において、ある特定の元型がとくに強烈な力をもつ場合も考えられる。ある元型的イメージがひとつの文化や社会を先導する象徴となり、その集団の成員のエネルギーを結集せしめるときもある。
河合

当然である。

一々例を上げることもない。

私は、様々な占いの教養を持ち、ユングを読むので、時々、実用的な占いに、感心することがある。
勿論、占いとしての、認識は、非常にレベルの低いものと見られるが、それは、見方の問題である。

ユングが、それを無碍にしていたら、共時性の法則なども、打ち立てられなかったはずである。

更に、多くヒントを得ている。
要するに、その人の意識次第で、占いの知識も、充分に生かせるという、証拠である。

さて、普遍的無意識と呼ばれる領域が存在するということを、前提にして・・・

母なるもの、といわれる、耳障りの良い言葉、グレートマザーの存在が第一に上げられる。

われわれ人間は、その無意識の深層に、自分自身の母親の像を超えた、絶対的な優しさと安全感を与えてくれる、母なるもののイメージをもっている。それらは外界に投影され、各民族がもっている神話の女神や、崇拝の対象となったいろいろな像として、われわれに受け継がれている。ユングはそれらが人類に共通のパターンをもつことに注目し、母なるものの元型が人間の無意識の深層に存在すると考えた。
河合

その、母なるものの特性は、包含するという、働きである。そして、一体となるという、イメージである。
分離、分割ということがない。

心理療法にとっては、とても重要視される、母性的存在である。
と、このように観念を作り上げて、それを単に学んで、心理療法などされたら、たまったものではない。

たまったものではないから、このグレートマザーに関して、もう少し、説明しなければならない。
そして、夢である。

フロイトの夢判断、分析から、はじまったもので、ユング派も、最も夢の分析を重要視するのである。
これから、それを、説明しつつ、批判してゆくことにする。



posted by 天山 at 00:02| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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