2012年05月08日

国を愛して何が悪い9

日帝時代、朝鮮人の児童は、ハングルよりも、日本のイロハ文字の方を、好んで学び、上達するのも、早かったという。

戦後の韓国人は、日本が言語、文字、文化を奪ったとか破壊したとか言っているが、きわめて史実を無視した現実離れした話である。・・・
そもそも朝鮮人の独自の文字創出は、ただでさえ東アジア史上もっとも遅かったのに加え、両班による排斥にあったことから、国字・国文としての体系化はずっと後にならなければ進まなかった。そのため、朝鮮人の歴史的諸知識の蓄積もかなり遅れてしまったのだ。もともと独自の歴史の蓄積がない文化なのだから、奪えといわれても奪うものはあまりない。
黄 文雄

この時代は、日本語教育も、行われていた。
日韓は、合邦国家だったのだから、当時の日本帝国が、朝鮮語ではなく、日本語を国語にするのは、当然である。

そして、朝鮮総督の教育政策は、ハングルや漢文も禁止するどころか、日常の手紙すら、朝鮮語で書けない、知識人のような者のためにも、双方を教えるということを、したのである。

朝鮮教育令が、日本語を国語にし、同時に学校では、朝鮮語も教えるというアイディアを採用したのは、きわめて当然であり、更に、寛容であったといえる。

イギリスは、アイルランド語を禁止した。
中国の少数民族の中で、満州人は、完全に言語も奪われた。
モンゴル人も、モンゴル語を話せる人は、少ない。

日帝時代の朝鮮社会では、日本語の普及は、20パーセント程度であり、日本時代の台湾が、70パーセントに比べると、非常に低い。

この、20パーセントの日本語使用者は、朝鮮語も放棄していない、バイリンガルな知識人層である。つまり、日本時代の、教育水準が高いということを、表す。

歴史の事実は、朝鮮総督府が、学校をはじめとする日本人公職者に、朝鮮語学習を奨励したというのが、本当である。

両班時代以来、儒教思想の影響が濃い朝鮮人は、自分では何もせずすべて人まかせであった。
黄 文雄

その、朝鮮人に対して、日本は、国語である日本語と、朝鮮語及びに、漢文を、並列で教えていたのである。

本来ならば、国語の方に、重きを置く。しかし、日本は、そうしなかったのだ。
朝鮮人は、総督府による、朝鮮語習得による、民族文化の育成もできたのである。

感謝するのが、当然である。
しかし、奪われたと、恩を仇で返す。
彼らは、恩というものを知らないらしい。

当時を、記憶する術もなかったということか。
本当に、残念である。

更に、驚くべきは、大正8年、1919年、原敬内閣時代から、一視同仁による、差別撤廃を唱えて、内地、つまり日本と同じように、教育を行ったのである。

日中戦争開戦後の、南次郎総督府時代になると、皇民化運動などを進めて、1938年からは、朝鮮教育令が全面的に、改正されて、日本国内と、同じ教育をしたのである。

愚民化政策ではない。

そんな中で、日本語を獲得した、朝鮮人の中には、言語体系化されていない、朝鮮語より、日本語を常用しようと、考える人たちも、出て来たというから、凄いことである。

その中には、朝鮮語の廃止、朝鮮人の日本化を唱える人もいたのである。
その人は、併合前の朝鮮は、地獄であったといってもよい、とまで言うのである。

朝鮮の民族主義も、社会主義も、批判し、学校で朝鮮語を教える必要は無い。そして、国語、日本語を強く主張したというから、驚く。

もし、そのようになっていたら、韓国の発展は、もっと、早かったに違いない。
今も、偏狭な民族主義が、韓国と、韓国人を、歪にしている。

日本化運動の代表人物である、玄エイショウは、1938年、日中戦争一周年を記念して、国民精神総動員朝鮮連盟を結成し、翌日に、3,14運動における、33人の代表の一人だった、朴キドウと共に、南次郎総督に会いに行き、そこで、朝鮮語の全廃を提案したのである。

しかし、総督は、日本語使用はよいが、朝鮮語排斥は、好ましくない、と拒んだのである。朝鮮語を、守ったといってよい。

この頃、日本の努力によって、漢字・ハングル混じりの、朝鮮文が、体系化されつつあった。

その他にも、日本語推進する人たちが、大勢いたというのである。
しかし、それらから、日本が、朝鮮語を守ったといえるのだ。

当時の、歴史的背景を考えれば、同然だったといえる。
ハングルは、普及していなかった共に、国際性に欠けていたからである。

黄文雄氏は、
実際、多言語社会である台湾では、日本語がもたらした功績いくら評価してもし足りないほどだ。
と、言う。

途上国では、外国語を国語として、使用することも、少なくないのである。

日本語の歴史と伝統は、古く、漢字仮名混じり、そして、漢字平仮名と、成長していたのである。

漢字という、文字を完成させたのも、日本語の中である。
現在の中国は、その漢字文化を、脆弱にさせた。
今の、漢字を見れば、それは、一目瞭然である。

古い漢字を読めるのは、中国人ではない。日本人である。

漢字文化を受け入れて、咀嚼し、それを独自の文字、言葉にまで高めた日本人の感性を、素晴らしいと思うのである。

それなのに、ああそれなのに・・・
戦後、韓国では、漢字の、非効率性、非大衆性が、叫ばれて、ハングル国語純化運動が進められて、漢字を放棄したのである。

1965年から、韓国では、一切の漢字使用を禁止した。

それから、転がるように、狭義の民族主義に陥り、自らの、首を絞め続けている。
そして、歴史観は、妄想にまみれた。

歴史が、韓国では、夢、ドリームになってしまったのである。
こんな悲劇は無い。

だから、自国民を30万人も、虐殺した事件など、何処吹く風・・・
国民保導連盟事件という、悲惨な事件も、なんのその、である。

醜い韓国人、の、朴泰セキ氏は、
韓国解放後の歴史の中で、今日まで公にされなかった、恥ずべき大虐殺事件です。
と、言うのである。

何せ、無抵抗で非武装の国民を、30万人以上、虐殺した事件である。



posted by 天山 at 00:01| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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