2012年05月07日

国を愛して何が悪い8

李朝朝鮮では、ハングル語が蔑まれ、漢字ばかりが、尊ばれた。

時代が流れ、東アジアに近代化の波が押し寄せる。
だが、朝鮮は、変わらず、事大主義を守り、近代化への道を、拒否し続けた。

これに対し、日本が、非常に危惧を感じたのである。
もし、日本が、何もしなければ・・・
今の韓国の存在があったのか、どうか、解らない。

朝鮮がこのまま中国との宗属関係を続け、独立・近代化を断行しなければ、やがて欧米列強の波に飲みこまれてしまう。そしてそれが地政学的に考えて、日本の脅威となることは明らかだった。
黄文雄 韓国は日本が作った

日本の脅威だけではない。
朝鮮自体が、脅威を感じるはずだった。しかし、危機感は、全く無いのである。

現在の韓国人は、どう考えるのか。
どう考えるも何も、考える手立てさえ棄ててしまったのである。

日本は、日清戦争による、朝鮮半島の独立、そして日韓合邦へと、突き進んだ。
その過程で、日本は、朝鮮に急務と考えたのが、近代化と、国語教育である。

19世紀末から、福沢諭吉が提案した、漢字・ハングル混じりの、文章体系を使用しはじめる。

初めて使われたのが、日本で鋳造した、ハングル活字で、印刷されたという。
若い韓国人が、聞いたら、決して、信じない内容である。

1886年、明治19年、新聞「漢城週報」で、これは、朝鮮の新聞第一号「漢城旬報」の復刊である。
そして、学校教育に組み込まれ、一般的に普及するのである。

韓国人は、日帝によって、国語を奪われたというらしいが、一体、何の、どこの国語が奪われたのか・・・

奪われたのではなく、日本によって、作られたのである。
それも、日本語ではない。
今、韓国が誇る、ハングル語を、である。

もし、そのままだったら・・・
考えてみると、よい。

中国、ロシアが、そんなことをするか・・・
朝鮮語は、方言となり、中国語、あるいは、ロシア語を使用していたであろう。

更に、日本は、韓国語研究を、1872年、対馬巌原が、朝鮮語学所を設置したことから、はじまる。

翌年、釜山に移転して以来、朝鮮語研究は、日本人の一人舞台になる。
それは、特に、現代語表記の原則の確立に多くの成果を上げた。

それまで、朝鮮語の辞書は、漢字を韻により分類した字書と、漢字の部首別字書のみで、ハングルを基にしたものは、皆無というより、排除していたのである。

本格的な朝鮮語字典は、1911年、明治44年から、1920年3月に至るまで、朝鮮総督府によって、完成された。

韓国人による、自国語の科学的研究と、関心が起こったのは、20世紀に入ってからであるというから、驚く。

朝鮮人が、自ら字典を作ったのは、1939年、昭和14年である。
文世栄の「朝鮮語字典」である。

何とも、情けないことである。
これが、我民族が、世界で最初の文明を作り出したという、戯言でも、言えないことである。

世界の中心は、韓国である。
とは、宗教団体が言うなら、理解するが、一般人が言えば、気が狂っているとしか、思えない。

日韓合邦後、金沢庄三郎と小倉進平の両博士を中心とする日本人学者たちは、近代朝鮮語の表記を科学的に体系化し、言語として完成させたのだった。
小倉博士の「朝鮮語学史」によれば、朝鮮が清国の文化から離脱し、独自性を強調するために国学・国文の使用を鼓吹し、ハングルを奨励しはじめたのは1897年の日清戦争後からで、朝鮮が大韓民国として清から独立してからであった。このとき、はじめて公文書での漢字の使用をやめ、漢字・ハングル混じりの新訂国文を公布し、使用を奨励することとなったのであろう。
黄文雄

ハングルが、韓国の全国民に、教えらはじめたのは、1910年の日韓併合以降である。

だが、地域によって、朝鮮語も方言があり、朝鮮総督府は、現代ソウル語を標準語とする、朝鮮語を、教育を通じて朝鮮社会に、普及させることにしたのである。

だが、漢字・ハングル混じりの文章体系は、未確立で、日も浅い。
だから、教育内容に適する教材がなかったのである。

次ぎに、総督府は、日朝の学者を集めて、研究と普及に当らせる。
そして、学校用の普通学校用諺文綴法を決定し、教科書として、採用したのである。

だが、ハングルは、除外されてきたので、漢文を知らなければ、朝鮮文化を知らないということだけではなく、ハングルさえ、読み書きが出来ないことから、寺内総督が着任してから、一年後の1911年、朝鮮教育会が発足され、朝鮮語及び漢文を、教育することが決まったのである。

そして、同年、朝鮮教育令により、普通学校、高等普通学校、女子高等普通学校に、朝鮮語及び漢文の、毎週の授業数を規定した。

更に、日本人子弟も、小中高ともに朝鮮語を学んでいた。

朝鮮総督府は、ハングルも漢字も禁止せず、日常の手紙すら朝鮮文字で書けない、朝鮮人知識人のような人たちのためにも、双方を教えることになった。

朝鮮人の、文字創出は、東アジアで、最も遅かったのであり、国字、国文としての、体系化は、後にならなければ、進まなかったのである。

更には、朝鮮人の歴史的知識も、蓄積も、遅れに遅れたのである。

黄氏は、
もともと独自の歴史の蓄積がない文化なのだから、奪えといわれても奪うものはあまりない。
と、言い切る。

これでは、余りにも、お粗末過ぎる。
私は、現在の韓国人を、軽蔑するのではない。
歴史的認識をしっかりと、見つめてから、日本に対して、言いたいことを、言うべきであると、言うのである。

それとも、何も無かったから、勝手に想像して、創り出したものを、信じろというのだろうか。

このまま、日本に対する、中傷が続けば、歴史が、判断するだろう。
恩を仇で返す、朝鮮民族として。




posted by 天山 at 00:16| 国を愛して何が悪い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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