2012年05月04日

もののあわれについて560

あれにもあらねば、返すべくも思はねど、女どもに詠ますれど、女「まろはまして物も覚えず」とて居たれば、いと久しきに思ひわびて、うち思ひけるままに、

乳母
年をへて 祈る心の たがひなば 鏡の神を つらしとや見む

と、わななかし出でたるを、監「待てや、こはいかに仰せらるる」と、ゆくりかに寄り来るけはひに、おびえて、おとど色もなくなりぬ。女たち、さは言へど心強く笑ひて、女「子の人の様ことにものし給ふを、ひき違へ侍らば、つらく思はれむを、なほほけほけしき人の、神かけて聞えひがめ給ふなめりや」と説き聞かす。監「おい、さりさり」とうなづきて、監「をかしき御口つきかな。なにがしら田舎びたり、といふ名こそ侍れ、口惜しき民には侍らず。都の人とても何ばかりかあらむ。みな知りて侍り。な思しあなづりそ」とて、また詠まむと思へれども、堪へずやありけむ、往ぬめり。




乳母は、おろおろして、返歌できそうにないと思うが、娘たちに詠ませようとしても、私は、なお更に、気が遠くなりそうです、と、言って動かず、あまり長引くのに、困り果てて、心に浮かんだままに、

乳母
長年に渡り、願いをかけていましたが、叶わぬことになったら、鏡の明神をお恨み申すことでしょう。

と、声を震えさせて、返事をしたところ、監は、待てよ、これは、何とおっしゃる、と不意に近づいて来る。その気配に、怯えて、祖母の顔色が変わった。
娘たちは、そのように言ったが、強気で笑い、この姫君は、困ったことがありますので、もし、この話しが壊れたら、恨めしく思うでしょう。何としても、耄碌した人で、神様を出して、変なことを、申したのでしょう、と説明する。監は、ああそうか、と頷き、結構な歌です。私などは、田舎くさいと言われていますが、つまらない、百姓では、ありません。都の方とて、どれほどのことがあろうか。歌くらいは、皆知っています。馬鹿になさっては、なりません、と、言い、もう一首を詠もうと思ったが、中々出来ずに、帰って行くようだ。

ひき違へ侍らば
ひきたがへ、とは、姫の幸を祈ってきたが、それが、無駄になる、期待とは、違うという、意味。

乳母は、こんな男に娶られるなどとは・・・との、歌であるが、娘たちは、いえいえ、ほけほけしき人、呆けた人の言うことと、誤魔化すのである。




次郎が語らひとられたるも、いと恐ろしく心うくて、この豊後介をせむれば、豊後「いかが仕うまつるべからむ。語らひ合はすべき人もなし。まれまれの兄弟は、この監に同じ心ならずとて、仲違ひにたり。この監にあたまれては、いささかの身じろきせむも、所狭くなむあるべき。なかなかなる目をや見む」と思ひわづらひにたれど、姫君の人知れず思いたる様のいと心苦しくて、生きたらじ、と思ひ沈み給へる、ことわりと覚ゆれば、いみじき事を思ひ構へて、出で立つ。妹たちも、年頃経ぬるよるべを棄てて、この御供に出で立つ。あてきと言ひしは、今は兵部の君といふぞ、添いて、夜逃げ出でて舟に乗りける。




次郎が、あちら側に着いていることも、恐ろしく情けなく思えて、この豊後の介を責めると、どのようにして、差し上げたらいいのだろう。相談できる人もいない。数少ない、弟は、私が監に賛成しないと言い、仲違いしてしまった。監に、睨まれては、少しの身動きも出来ない。何かしようものなら、かえって、酷い目に遭うかもしれない。と、心配するのだが、人に隠れて、悲しんでいる、姫君の様子が、とても辛く、生きていまいと、沈みこんでいるのも、当然のことと思い、思い切った決心をして、その地を出発する。妹たちも、長年連れ添った夫を捨てて、この姫君のお供に、出発する。あてき、といっていたのは、今は、兵部の君というが、それが付き添って、夜に、逃げ出して、舟に乗ったのである。

いよいよ、船出の場面である。




大夫の監は、肥後に帰り行きて、四月二十日のほどに、日取りて来むとするほどに、かくて逃ぐるなりけり。姉おもとは、類広くなりて、え出でたたず。かたみに別れ惜しみて、あひ見むことの難きを思ふに、年経つる古里とて、ことに見棄て難きこともなし。ただ松浦の宮の前の渚と、かの姉おもとの別るるをなむ、顧みせられて、悲しかりける。

浮島を 漕ぎ離れても 行く方や いづくとまりと 知らずもあるかな

ゆく先も 見えぬ波路に 船出して 風にまかする 身こそ浮きたれ

いとあとはなかき心地して、うつぶし伏し給へり。




大夫の監は、肥後に帰り、四月二十日頃に、日を決めて、迎えに来ようというので、こうして、逃げるのだった。姉君は、子供が多くて、出発する事が出来ない。互いに別れを惜しみ、再び会うことも、難しいと思うと、長年住んだ土地だから、去りがたいということはないが、ただ松浦の宮の渚と、この姉君に別れるのが、ついつい振り返り見ることで、悲しく思うのだった。

浮き島を漕いで、離れたものの、この先、どこへ泊まり、どうなるのか、解らない。

行く先も見えず、この広い海に船出して、風に行方を任せる私の身の上こそ、辛いものです。

とても、不安な気持ちで、姫君は、うつぶせに、臥している。

姉おもと
おもと、とは、敬意や、親しみを示して、言う。

類広く、とは、一族、家族、知人を言う。

この辺りは、物語らしい雰囲気である。
わくわくさせるのである。
物語の作り方が、練られて行く過程である。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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