2012年05月02日

もののあわれについて558

聞きついつつ、好いたる田舎人ども、心かけ、消息がるいと多かり。ゆゆしくめざましく覚ゆれば、誰も誰も聞き入れず。乳母「かたちなどはさてもありぬべけれど、いみじきかたのあれば、人にも見せで、尼になして、わが世の限りは持たらむ」と言ひ散らしたれば、「故少弐の孫は、かたはなむあんなる。あたらものを」と言ふなるを聞くもゆゆしく、乳母「いかさまにして、都に率て奉りて、父大臣に知らせ奉らむ。いとなき程を、いとらうたしと思ひ聞え給へりしかば、さりとも疎には思ひ聞え給はじ」など言ひ嘆くほど、仏神に願を立ててなむ念じける。




噂を耳にして、田舎の好き者どもが、思いを掛け、文を送りたがるのが、大勢いる。
忌々しく、癪に障るので、家の者は誰も、相手にしない。器量などは、まあまあですが、実に、困った不具のところがあるので、誰にも嫁がせず、尼にして、私の生きている間は、傍に置きます、と、言いふらしたので、亡くなった、少弐の孫は、不具だそうだ、惜しいことだ、と言うのを、耳にすることも、忌々しいのである。
乳母は、どうかして、都にお連れして、父大臣に、お知らせしよう。小さな時分、とても可愛く思っていらしたから、幾らなんでも、放ることはないし、見捨てることもないでしょう。などと、嘆くが、一方では、神仏に願いをかけて、祈りもする。




女どもも、男子どもも、所につけたるよすがども出で来て、住みつきにたり。心のうちにこそいそぎ思へど、京のことは、いや遠ざかるやうに隔たりゆく。物おぼし知るままに、世をいと憂きものにおぼして、年三などし給ふ。二十ばかりになり給ふままに、生ひ整ほりて、いとあたらしくめでたし。この住む所は、肥前の国とぞいひける。そのわたりにも、いささか由ある人は、先づこの少弐の孫の有様を聞き伝へて、なほ絶えずおとづれ来るも、いといみじう、耳かしがましきまでなむ。




娘たちも、息子たちも、土地相応の相手が、それぞれ出来て、住み着いてしまっている。心の内では、焦るが、京へ帰ることは、いよいよ遠退く気持ちで、隔たるのである。姫君は、物心がつきはじめると、世の中を、とても辛いものと、思い、年三などをされる。二十歳くらいになると、顔形が整い、こんな所には、惜しい美しさである。一家の住む所は、肥前の国といった。その辺りでも、少し由緒ある家の者は、第一に、この少弐の孫の様子を、噂に聞いて、今も変わりなく、次々に訪ねて来るのだが、煩くて、耳に喧しいほどである。

年三、ねんざう、とは、一年のうちで、正月、五月、九月の前半15日の間、精進して、来世を祈ることを言う。




太夫の督とて、肥後の国に族広くして、かしこにつけてはおぼえあり、勢ひいかめしき兵ありけり。むくつけき心の中に、いささか好きたる心まじりて、かたちある女を集めて見むと思ひける。この姫君を聞きつけて、督「いみじきかたはありとも、我は見隠して待たらむ」と、いとねんごろに言ひかかるを、いとむくつけく思ひて、乳母「いかで、かかる事を聞かで、尼になりなむとす」と言はせたりければ、いよいよあやふがりて、おしてこの国に越え来ぬ。




太夫の督といって、肥後の国に、一族が沢山いて、国の中でも、人望があり、大変な勢いの武士たちがいた。荒々しい心の中に、好き心があり、器量の良い女を集めて、自分の傍に置きたいと思っていた。が、この姫君のことを、聞きつけて、酷い不具でも、我が目を瞑り、世話をしようと、心を込めて、求婚するのが、気味悪く、乳母は、とても、そんなこと。こんな話は聞かずに、尼になるのだと言います。と、言わせたところ、益々心をかけて、無理矢理、この国に、押し掛けて来た。

督、げん、とは、大宰府の三等官で、五位に当る。

むくつけき心の中に
荒々しい。今では、野獣系男子であろうか。




この男子どもを呼びとりて語らう事は、督「思ふ様になりなば、同じ心に勢ひをかはすべきこと」など語らふに、二人はおもむきにけり。二人「しばしこそ、似げなく、あはれと思ひ聞えけれ、おのおのわが身のよるべと頼まむに、いとたのもしき人なり。これに悪く数まへられ奉らず、世に知られでは、何のかひかはあらむ。この人の、かくねんごろに思ひ聞え給へるこそ、今は御幸なれ。さるべきにてこそは、かかる世界にもおはしましけめ。逃げ隠れ給ふとも、何のたけき事かはあらむ。負けじ魂に怒りなば、せぬことどももしてむ」と言ひおどせば、いといみじと聞きて、中の兄なる豊後の介なむ、豊後「なほいといたいたしく、あたらしき事なり。故小弐の宣ひし事もあり。とかく構へて、京にあげ奉りてむ」といふ。




この家の、息子たちを、呼び寄せて、言うことは、思いが叶えば、仲間になり、力を貸しあおう、などと、相談を持ちかけるので、二人は、そちらに付いてしまった。
その息子の二人は、初めのうちは、身分こそ違い、気の毒だと思ったが、我々の後ろ盾とするのは、とても頼もしい男だ。これに憎まれては、この辺りでは、世渡りが出来ないだろう。貴い方の血筋だといっても、親御に認められていず、世間にも、知られていないのでは、何の役の立つのか。この方が、このように親切に思い寄せているのであるから、今となっては、幸せであろう。このような運であった以上は、負けない気で怒ると、どんな事でも、するでしょう、と、脅すのである。困ったものだと、聞いていたが、一番上の息子である、豊後の介が、矢張り、けしからん、勿体無いことだ。亡き、小弐の、ご遺言もある。何とかして、京に、お連れもうそう、と言う。

豊後は、現在の大分県。
介とは、次官のことで、従六位上相当である。

数まへられ
子として、数の中に、入れてある。子として、扱うのである。
られ、は、受身。

何やら、物語らしくなってきた。
ただ、矢張り、心情が、こんがらかっているので、よく読まなければ、解らない。

だが、物語は、面白いか、否かである。
これは、面白い。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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