2012年04月16日

まだ悲しいプノンペン3

支援の日は、到着して、一日置いて、三日目である。
午後三時に出発することにした。

トゥクトゥクの、ラ・モンさんには、行き先を告げてある。
ところが、私の時計では、三時になって、ロビーに下りて行くが、ラ・モンさんが来ていない。
変だーーー
と、思いつつ、フロントの時計を見ると、一時である。

そこで、部屋に戻り、時計を確認すると、何と、日本時間に戻っていた。
それまで、私は、日本時間で過ごしていたのである。
唖然とした。

朝は、やけに遅いし、夜は、やけに長いし・・・
日の光が、時間帯と合わないのである。

すべての支援物資を、ロビーに置いたまま、部屋で時間を待つことにした。

三時10分前に、下に降りると、ラ・モンさんが来ていた。
ニコニコの家では、30分程度過ごす予定である。
子ども達は、集まっているはずだと思う。

朝と、夕方に子ども達が集うと聞いていた。
街中を走り、20分程で、到着する。

子ども達が、遊んでいた。
こんにちは・・・
声を掛けると、こんにちは・・・と、日本語で答える。
日本語を学んでいるのである。

中に入ると、代表の先生がいらした。
今回で、三度目であるから、向こうも、私を知っている。
だが、他の先生方は、知らなかった。

新しい先生が、三人いらした。
少し雰囲気が違う。

その、少しが大違いだった。

ラ・モンさんが、荷物を運んでくれる。
その間、私は子ども達に、話し掛けた。

今日は、日本から、プレゼントを持って来ました。
服も、ノートも、えんぴつもあります。

そう言うと、先生たちが、子ども達を、小さな子から、順番に男女別に分けて、並ばせた。

私は、まず、文具を取り出して、見せた。
これは、先生に預けますから、皆さん、使ってください・・・

子供たちから、えんぴつ、という声である。
幼稚園児程度から、中学生までの年齢である。

大きな子たちは、私を知っていた。
そして、大きな子たちは、以前と同じように、礼儀正しいのである。

しかし、衣服を取り出し始めると、様子が違ってくる。
以前は、順番を待つのだが、今回は、違う。
雑然とした雰囲気である。

更に、カメラを出して、先生に撮って貰う。すると、子ども達も、撮りたいらしく、私は、使い捨てカメラも出した。
子ども達に、撮らせると、どんな様子になるのか、興味もあった。

途中から、何か、今までとは違う感触を感じた。
更に、一応、一人一人に渡し終えて、子供たちと、一人一人、握手をして、それぞれの名前を聞くことにした。

その一人一人の際に、手を出さない子もいる。
ポケットに手をいれて、出さないのである。
何となく、ふて腐れた雰囲気である。

そして、何気なく、一人の女の先生を見ると、その表情が、とても複雑で、私を侮蔑したように見ている、と、感じた。

意味がよく解らない。
私が、そのように、感じたのであり、彼女が、どのような気持ちなのかは、聞いていないから、私の想像である。

更に、子ども達の態度である。
小さな子と、大きな子たちは、以前と変わりなかったが、新しい子供たちが、違っていた。

更に、驚いたのは、子ども達が、騒いで、混乱すると、一人の男の先生が、彼らを叩いて、叱りつけるのである。
そんなことは、以前はなかったのである。

何かが、違う。

代表の先生が、支援した人の、名簿を出して、私に記入を求めた。
それは、いつも、コータが記入していたので、私は、初めてである。

それを見て、驚いた。
今年に入り、日本から、色々な団体や個人が、支援に来ているではないか。
カンボジアの支援者は、一つの団体のみ。

そして、支援物資は、私と同じく、衣類と文具である。

更に、代表の先生が、色々と英語で説明する。
その中に、こんな言葉があった。
物資も必要ですが、マネーも、必要です。

以前は、そんな言葉は聞かなかった。
この施設は、日本の団体からの、支援金によって、成り立っていることは、後で調べて解ったことである。

子ども達に、食事も提供し、更に、先生たちの、給与も出す。
当然、お金が必要である。

日本は、大震災により、多くの寄付が、そちらに回った。
それは、とても、良いことであるが、既成のボランティア団体は、寄付が少なくなり、休止、撤退、更に、活動とは別なことで、資金を得るために、本来の活動が疎かになるのである。

私の活動は、基本的に、お金ではなく、物資で、差し上げることにしている。
食糧支援も、物資を差し上げている。
お金は、最後の手段である。

その、物に心を託す。
私の言葉で言えば、物に、大和心を託している。

時に、何度もそれを言うが、物だけを渡して、心を渡していないという、変なメールや、書き込みがある。
私と、行動を共にしていない人が、変なことを言うものだと、無視しているが・・・

勿論、何も行為していない人である。

更に、物だけを渡すとは、どういうことかと、思う。
こちらは、飛行機に乗り、物資を持参して、差し上げている。
十分に心を、尽している。
丸投げをしているのではない。

そして、それが、明確に解ったことが、今回の旅で、納得したのである。
それは、私自身にとって、とてもショックなことだったが・・・




posted by 天山 at 00:29| まだ悲しいプノンペン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。