2012年01月28日

カンボジアの悲劇4

支援の日である。
必要な人を訪ねて・・・

それが、どんなに大変なことか・・・
しかし、それは、私が選んだこと。
他の人には、勧められない。

突然、訪ねて、日本からの、プレゼントです。

全く予期していなかったことが、そこで、始まる。

そのような、無謀なことが、出来るのは、私の性格。
決して真似をしては、いけない。

その前に、私は、ゲストハウスの隣のゲストハウスを見に行き、今夜から、部屋を変えることにした。
日本人ばかりで、面白くないのである。

日本人と、韓国人と、中国人は、まとまって、行動する。
そして、喧しい。
更に、見苦しいのである。

朝、十時に、トゥクトゥクが来る。
その前に来ていた。さすがである。

行くのに、30分、帰るのに、30分。支援に一時間と、考えて、二時間とした。
トゥクトゥクの運転手に、行き先を任せる。
部落を回るということで、発車する。

街中を抜けて、東に進む。
街中を過ぎると、道路が、極端に悪くなる。

更に、乾季であるから、埃が凄い。
そして、乾燥している。

次第に、農地が広がって来た。
そこで、トゥクトゥクの運転手が、バイクを止めて、言う。
私の部落も、貧しいので、最初に行って、いいですか・・・
ああ、いいですよ・・・
その喜んだ顔。

そうか、トゥクトゥクの運転手は、頑張って、トゥクトゥクを手に入れて、暮らしを立てているのだ。

右の道に入り、ゆらゆらして、走る。
小屋が、見えた。
ここが、彼の部落・・・

小屋が並んでいる。
トゥクトゥクが入るが、目に入るのは、数人の子供たちだけ。

私は、日の丸を掲げて、言う。
フラムジャパン・・・プレゼント・・・

子供たちが、唖然とする。
しかし、私が、バッグを開けて、子供たちに、衣服を渡し始めると、表情が変わる。

なに、なに、なに・・・

ぞろぞろと、小屋から、出て来る。

運転手が、通訳する。
すると、どんどんと、人が出で来る。

どうして・・・
何で・・・
皆の、顔が、そのように見える。

私は、衣類を地面に置いた。そして、言う。
好きな物を、取ってください。
運転手が通訳する。

小さな歓声・・・・
そして、子供たちに、ペンを取り出して、スクールボーイ、ガールというと、子供たちが、歓声を上げた。
私は、一人のおばさんに、ペンを渡して、子供たちに、配るようにと、身振りで示した。
子供たちが、おばさんに、群がる。

ところで、ノートは・・・
見当たらないのである。
あらっ・・・・

だが、捜す暇は無い。
兎に角、渡せるだけ渡すが、運転手が、まだ、他にも、ありますから、今辺でと、アドバイスする。

そうか・・・
ここだけでないのである。

私は、再度、日本からのプレゼントです。そして、また、来ますよ、と声を掛けた。
運転手が、皆、ありがとうと、言っていますと、言う。

写真を撮る。
子供たちが、いい。
突然の、プレゼントに、嬉しさがこみ上げている。

ジャパニーズ・テン
私は、そう言い、日の丸を掲げた。
その、日の丸は、支援の間、皆それぞれが、持っていた。

大きな、ボストンバッグが欲しいと、男がコータに言ったらしい。
コータは、そのまま、バッグを、渡した。
それで、いい。
皆、支援物資である。

それを見ていた、運転手も、もし、貰えるなら、バッグが欲しいと、コータに言った。
運転しながらである。
私は、いいですよと、言った。

次に、向かったのは、一軒の農家である。
ポツンと、小屋が建っていた。




posted by 天山 at 00:01| カンボジアの悲劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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