2012年01月24日

性について。192

ガブリエル・マンシニによる、売春の社会学から、その歴史を俯瞰してきた。

おおよそ、概略は、つかめたものと思う。
売春の行く末、また、売春の形相に関しては、古代から、現代まで、あまり変わりがないと、考えている。

そして、売春は、人間が存在する限り、続くものである。

マンシニは、
世論が売春に対する予防活動の必要性を、また売春組織に容赦なく抑圧活動に出る必要性を深くとどめるに至る時こそ、よりよい世界の到来に向かっての巨歩が進められる時なのである。
と、結論付けている。

性と、人間の存在を考える上で、売春は、切り離せない問題である。
更に、本当に、売春という行為が、不自然で、異常な行動なのかと、問われれば、否というほかないのである。

世界的に、売春という言葉が広がり、それが行われたのは、1914年の第一次大戦までに広がったといえる。
そして、世論も、法も、売春を、恒久的な悪、必要悪と見なしていた。
更に、売春仲介組織が社会を危機に陥れるほど、発展している事実を、心に留めていなかったのである。

そこに、売春と共にある、人身売買を抑圧すべく、協力して、活動するという計画が現れたのは、国際連盟が出来てからである。

人身売買は、当時は幼年期を過ぎたばかりの婦女子を何万となく娼家や街頭で売春させるべくわなを仕掛けていたのである。1939年、第二次大戦以前および戦後に全世界に生じた大規模な人口移動、それに当時の経済情勢が、売春および売春仲介行為を助長したのであった。
マンシニ

そして、戦後、国際連合により、関係各国に、有効な売春対策法の基礎的原則を提供し、各種研究を開始した。
今日、世界中のほとんどの国が、1949年、人身売買および他人による売春を業とする者の圧力のための、協定に加入している。

だが、それでも、売春が盛んなのである。

日本の場合は、暴力団という組織が、売春斡旋、更に、そこから資金を得て、存在していたといえる。
あらゆる、反社会的行為により、暴力団が、利益を得た。

そして、2011年には、暴力団に対する、極めて厳しい圧力が政府、自治体、市民によって、成った。
排暴力団対策である。

ところが、売春は、市民によって、更に深まるのである。
つまり、青少年が、自ら、売春行為をするという・・・

それが、援助交際という、名の元に、である。

少女、少年も、体を売ることで、金を得るという行為を、何の躊躇もなく、受け入れたのである。
これは、如何なることか。

人身売買、売春斡旋は、厳しく、裁かれるようになるが、逆に、個人的に売春を行う者が、あらわれたのである。

それは、日本に限らない。

タイ、バンコクには、世界中から女性たちが、売春による、金儲けのために、訪れている。それが、不法滞在になっても、引き続き、それを商売のようにして、行うのである。

書きたくないが、日本の一部都市にも、そういう存在がある。

厳密に売春を取り締まることは、出来ないのである。
それは、人間が存在する限りである。

更に、自由恋愛と、売春の差がなくなりつつあるとしたら・・・
擬似的恋愛も、自由恋愛も、実際のところは、変わることがないのである。

そこに、金が付きまとうか、否か、である。

更に、日本の場合は、驚くべきことに、男女共に、青年期にある者たちが、セックスを求めない方向に向かっている。
そして、無性の時代である。
無性とは、性差が無い。性差を意識しない社会である。

人間の性は、何処へ行くのか・・・

その前に、もう一度、売春行為というものの、本質に迫りたい。
それは、売春行為とは、その行為に関わる、主体は、通常、二人であるということ。

だが、歴史を振り返ると、裁かれるのは、女の方である。

行為の責任主体は果たしてだれか。主犯者は男性の方か女性の方か、どのくらいの比率か、この種の行為において客は主犯者か共犯者か、客も売春婦も共に主犯者なのか、こうした諸点が問題である。
マンシニ

私は、マンシニのように、学者という、分析をよくする者ではない。
私は、求める客と、求められる女、売春婦との、相互関係と、考える。

それを需要と供給と、考えると、良く解る。
需要があり、供給がある。

そこに、国家や、個人的な価値観が、介入する必要は無いのである。
人身売買ではない。
生活のために、体を売る。
今では、女だけではない。男も、体を売る時代である。

知能の問題だけではない。
知能の高い女も男も、売る時代に入ったのである。

国連の、売春行為抑圧には、人身売買と、児童買春という、組織が介入する、売春が主体であり、個人的な、売春行為は、その中には、無いのである。

日本では、売春行為は、罪とされ、罰せられる。
しかし、売春行為は、一切無いのかといえば、大いにある。

明らかに、売春を謳った広告、チラシが氾濫している。
そして、姿を変えて、廃れることはない。

通常、射精産業といわれる、エロ商売は、盛んである。
その、歓楽街は、それによって、成り立つ。

セックスまでの行為を、その世界では、本番行為という。
そして、本番行為の手前の、仕事は、増え続けている。

例えば、リラックス男性マッサージとは、射精まで手伝うという、行為である。
出会い系喫茶は、売春行為の、仲立ちをする。

昨年、横浜駅近辺の、耳掻き専門店が、摘発された。
更に、出会い系の喫茶店も、摘発された。
すべて、売春行為に至るのである。

さあ、性とは、何か。
これほど、面白いテーマは無い。




posted by 天山 at 00:00| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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