2012年01月01日

霊学46

自己愛的同一視について、小此木氏の、お話しを見る。

自分に対して、親切にしたり、世話をしたり、愛情を向けていても、それは自分のことを、本当に解っていて、そうしているのではなく、結局は、ただ、感情本位に動いている。そうすると、その相手が、実に、自己中心的な人に見える。

最近の若い男女はもちろん夫婦でも友人同士でも、長いことつき合っていたのだが、実際には相手は何も自分のことなんか本当に思っていなかったのだという空しさを相手の心に残すような自己愛人間がふえています。
小此木

人間にとって、自分と自分でないものの、境界線が、どこにあるのか・・・

まず物理的にいえば、自分の肉体によって限られているわけですから、そこに境界線があるように思われます。しかし、自己愛の対象は必ずしも自分の肉体だけにとどまるものではありません。精神的な自己というものは、自分にかかわるすべてよいものだとみなしたいというように、無限に拡大していくことができるものです。このことをナルシスティック・エクステンション、自己愛の延長物、というわけです。
小此木

そして、その対象が、抽象的な存在の場合もあれば、具体的な人物の場合もある。

精神分析では、自己愛的同一視と、呼ぶ。

現代のようなモラトリアム人間の時代の一つの特徴としてスポーツ選手やタレントのようなスターには、ファンやごひいき心理の中で起こすが、国家・民族はじめ自分を超えたより大きな組織・集団あるいは歴史的存在に対しては、昔のようなアイデンティティを意味する自己愛的同一視が起こらなくなったことがあります。愛国心や愛社精神が若い世代になじめなくなったものも、そのため、ということができます。
小此木

この、自己愛的同一視は、フロイトが、同性愛を分岐するところから、始まった。

今では、そんな単純なものではないが、とりあえず、紹介する。

つまり、自分が母親に愛されたいという気持ちを、同性愛的に対象の少年を愛することで、満たそうとする、とのこと。

フロイトは、同性愛は、その心理の裏に、自分が母親から、愛されたいという気持ちが強くあるという。

それで、かつて、自分が母親から、愛されたように、母親に同一化して、相手を愛する。自分が母親になって、相手が自分になる。

自己愛型の対象選択というのは、相手を自分と同じように思って、相手を愛するというかかわり方をいいますが、その意味で、同性愛がその代表的なものだというのです。
小此木

この考え方で、どれほど多くの、同性愛者たちが、困惑したか・・・

学問の権威に晒されたのである。
同性愛は、そういうものだという、観念を持たせられた。

面白いのは、
同性愛の男性は、女性が自分と同じペニスをもっていないということで、女性を軽蔑してしまう。そこで女性が価値のないものになってしまう。価値を見出せないものには惚れこめないわけです。
小此木

同じ体を、持っているから、つまり、ペニスがあるから、自分と同一視である、ということである。

そこで、同性愛は、自己愛が強すぎるために、本当は自分しか愛することができないという心理の持ち主なのだと、フロイトは、主張した。

小此木氏も、
もちろん現代の精神分析では、本ものの同性愛がこれだけのメカニズムで起こるとは考えていません。むしろここでは、フロイトがどんなふうにして、自己愛的な人間関係の分析をはじめたかを知ってほしいとと思います。
と、言っている。

それにしても、そこに至るまで、フロイトの説に、振り回されていたのであるから、恐ろしい。

だが、先に進む。

フロイトが、次に問題にしたのが、惚れ込みである。
自分の中に作り上げた理想自己、かくありたいという自分を、相手に投影して、相手を美化するという、自己愛のメカニズム。

これを、簡単に言うと、小さな親切、大きなお世話、である。

自己愛人間は一見相手に惚れ込んだり、親身になって世話をしたり、思いやりを抱いたりしているようにみえることがあります。表面温かく親密で相手本位の態度をとることもあります。本人自身も相手を本気で愛しているように思い込むこともあります。・・・

しかし、自己愛人間のすべてこれらのかかわり方は、実は、相手の立場や気持ちを、本当に認識したところでかかわっているわけではない点に特徴があります。つまり自己愛的な同一視のメカニズムによって「相手と一体であるかのように」「愛しているかのように」「かわいがっているかのように」「面倒みているかのように」かかわっているのです。
小此木

要するに、・・・つもり、である。
ところが、いつの間にか、そう思う本人が、相手に、調子を合わせてもらったり、相手に配慮されたり、我慢してもらうという、逆の関係になっていく。

実際に依存しているのは、主観的には自分が面倒をみていると思う側なのだが、逆転してしまうというのが、自己愛人間の特徴である、とのこと。

これが、そのまま、続けば、問題がない。
だが、現実は、続かない。
つまり、破綻が起きる。

それでは、どのようにして、破綻が起きるのか・・・

精神分析医の常識として、うつ病になりやすい人は、このような自己愛的な同一視によってしか相手とかかわることができないといわれています。フロイト自身もそうであったといえるようです。
小此木

患者より、医者の方が、問題が多いという、現実である。
だから、患者の苦しみを共感できるとも、いえる。

特に、心理学、精神分析などに、凝る人は、その人自身が、悩んでいるのである。
だから、それで、人を判断するな・・・と、私は言う。

戦時に、ノイローゼ、神経症が、極端に減ったという。
そんな隙がなかったのである。

後進国より、先進国の方が、圧倒的に、精神疾患が多いのである。




posted by 天山 at 00:06| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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