2011年12月31日

伝統について50

情さへ 奉れる君に 何をかも 言はず言ひしと わがぬすまはむ

こころさへ まつれるきみに なにをかも いはずいひしと わがぬすまはむ

心までも差し上げたあなたに、どうして、言いもしないことを、言ったなどと、いつわりを申しましょうか。

ぬすむ
人目をはばかること。

二人の関係を、人目をはばかり、言わないことを、言ったと、嘘は、言わない。

当時は、人の口に上がることを、恐れた。すぐに、伝わってしまう。
その前に、母親に、了承を得なければならない。

面忘れ だにもえすやと 手握りて 打てども懲りず 恋ふといふ奴

おもわすれ だにもえすやと たにぎりて うちでもこりず こふというやつこ

せめい、顔だけでも、忘れられるかと、こぶしで、打ってみるのだが、なお懲りもせず、思い出される。恋というやつは・・・

恋をして、苦しむ。
心が占領される。
だから、いい。

めづらしき 君を見むとそ 左手の 弓執る方の 眉根掻きつれ

めづらしき きみをみむとそ ひだりての ゆみとるかたの まよねかきつれ

めったに、逢えないあなたに、逢いたいと、左手の弓を持つ方の、眉を掻いたのだ。

眉が痒いのは、恋人に逢うという、前兆である。
また、そのための、呪い。

当時、左手は、大事な手とされていた。
大事な左手の、眉に、思いをかける。

人間守り 葦垣越しに 吾妹子を 相見しからに 言そさた多き

ひとまもり あしかきごしに わぎもこを あいみしからに ことそさたおおき

人目の間を、うかがって、葦垣越しに、吾妹子を見ただけなのに、人の噂が、早いこと、そして多いのである。

守り
様子を伺うこと。

何のことはないような、歌であるが、当時の様子が、よく解るのである。

今のように、多くの娯楽がない時代は、人の噂が、楽しいのである。
勿論、言う人の、噂も、持ち上がる。

更に、人恋う歌が、人の口から口に上がり、それが、民謡として、定着してゆく。

万葉集の、庶民の歌は、多くの人たちに、口ずさまれたものである。
同じ心境であると、共感が、共感を呼び、広がっていく。

恋という、心境は、イコール、セックスである。
心と体が、一つになって、存在するという、時代の歌である。

それは、欲望を否定しない、考え方を生む。
そして、次第に、時代と共に、恋の心境に、影が出来る。

片恋、片思いなどは、益々と、その陰影の増す。
そこから、思想が生まれた。

それが、あはれ、の思想の、基底になるのである。

あはれ、ものあはれ、もののあはれ・・・
である。




posted by 天山 at 00:51| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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