2011年12月17日

希望のビルマへ3

チェンマイでの支援の翌日は、いつもなら、一日、休む日である。
だが、今回は、強行スケジュールであるから、翌日は、バスで、三時間のチェンライに向かう。

ところが、三時間のVIPバスが、満席である。
タイは、12月5日、国王誕生日で、お祝いムードであり、人々が移動するという、状態であるから、バスは、満席なのである。

そこで、席のあるバスを選ぶと、三等、つまり普通バスである。
チェンマイから、チェンライは、山を登る道であるから、普通バスは、大変きついものがある。

案の定、満席の中、私たちは、二階建てバスの、一階部分の随分と、とんでもない席を与えられた。

真ん中にテーブルがあり、その周りが、座席である。
私たちは、進行方向とは、逆の席を指定された。

更に、丁度足の置き場の無い、席であり、大変な苦痛である。
辛うじて、片足を置ける、足台に、片足を乗せて、バスが走る。
だが、それが苦痛になり、片足に、もう一方の足を乗せて、何とか、しのぐ。しかし、限界がきて、両足を下に垂らす。その繰り返しである。

更に、私の横に、知恵遅れの女の子が、座っている。
その子が、また、じっとしていないのである。
動かないと、舌をチュッチュと鳴らす。
一度や、二度ではない。絶えず、鳴らす。

更に、食べ物を口にして、辺りにこぼす。
子どもが好きな私も、辟易した。
それでも、笑顔で、接する。
最初は、口を開けて、いたが、私に笑い掛けるようになる。

それで、三時間という、拷問のような時間を過ごした。

チェンライに到着した時は、ぐったりである。
更に、バスを降りると、トゥクトゥクのおじさんが、勧誘に来る。
コータに通訳して貰う。
ホテルまで、いくら・・・

120バーツと言う。
そこで、私は、いつものように、切れた。
日本語で、何で、120バーツもかかるんだ。チェンマイだって、80バーツだった。
冗談じゃない・・・

コータが、私に煩いと言うので、更に、エスカレートした。
コータも、疲れているのである。

120バーツでもいいと、思っている。

私は、おじさんに、馬鹿者、と叫んだ。
何で、そんなに高いんだ・・・

おじさんは、ノーと言い始めた。
もう、いいと、言う意味なんだろう。
私は、それに対して、また、大声で、馬鹿者・・・と、叫んだ。
周囲の人たちも、何事かと、見ている。

私は、二つのバッグを持って、歩き出した。
コータに、乗り場は、こっちだと言われるまで、ずんずんと、歩いた。

トゥクトゥクの乗り場で、料金を尋ねると、80バーツである。
矢張り。
あの、おやじは、ボッたのだ。

チェンライには、二つのバス乗り場があることを、私は知らなかった。
ホテル、つまり、街中に一番遠いバス乗り場だった。

近い方だとばかり、考えていた。
あらーーー
遠いよーーー
でも、料金は、80バーツである。妥当だ。

トゥクトゥクは、途中で、二人の女子を乗せた。
市内を走るバスと、同じ扱いである。

彼女たちの、料金を入れると、有に120バーツは、越える。
賢い運転手だ。

そして、ホテル到着である。
ホテルの中でも、最も、安い、550バーツである。

丁度、ツーベッドルームが開いていた。
つまり、ワンベッドルームは、満室なのである。
そして、三泊の予定が、三泊目は、満室で、泊まることが出来なかった。
タイ人の、ツアー客が、押し寄せていたのである。

そして、翌日は、メーサイに行き、戻る予定だったが、翌日になり、朝食を食べて、少しベッドに体を横にすると、私も、コータも、11時まで、寝てしまった。
出発は、10時である。

駄目だ。
今日は、駄目だ。
疲れて、動きたくないのである。

本当は、明日、休むはずが、その日、休むことにした。
計画変更である。
一日、余分に開けていて、本当に良かった。
いかに、あのバスで、疲れたか・・・である。

一日、大半を、部屋で過ごした。
ところが、コータが、チェンライにも、物乞いがいて、ミャンマー難民の可能性があると、言う。
それでと、バッグ一つを持って、出掛けることにした。
だが、昼間は、見当たらないのである。

そこで、夜に、出で見ることにした。

夜になると、家族で、物乞いしている、人たちに、出会った。
矢張り、ミャンマーから出て来ていた。

子どもだけ、または、親子連れ・・・

それぞれに、衣類を渡す。
丁度、靴も持参していて、男の子が、子供用の、長靴を欲しそうに見るので、足に合わせてみると、丁度良い。
それを履かせて、上げた。
何とも、微妙な嬉しさをかみ締めていた。

その子の、お姉さん、6歳程度の子が、何度も、両手を合わせて、私に感謝する。
母親もいるとのことで、母親のために、ショールを上げた。

丁度、寒い時期である。
昼間は、30度近くあるが、夜から、朝に掛けて、急激に温度が下がる。
寒いのである。

裸足で、サンダルを履いた足は、冷たい。
靴下も渡すと、二人は、喜んだ。

更に、親子連れの元に行き、衣類を上げる。
母親にも、子どもにも、渡すことが出来た。

タイ人の物乞いの人たちにも、私は、はじめて、20バーツを渡した。
渡すときに、キングバースディ、パッピィーと、言った。
タイの国王誕生日は、重要な日である。
その日まで、後二日だった。

思わぬ、支援だった。

ちなみに、国王誕生日は、父の日でもある。
父親を喜ばせる日でもあるのだ。
そして、皇后様の、誕生日は、母の日でもある。

その後、私たちは、チェンライの、ナイトバザールに出掛けた。



posted by 天山 at 00:11| 希望のビルマへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。