2011年08月13日

霊学31

さて、自己愛も、愛されることによって、満たされるものである。

それを、受身的対象愛という。
これが、自己愛の源流と言う学者もいる。

つまり、自己のみでは、自己愛は、満たされないのである。
愛されることによって、満たされる自己愛は、矢張り、人間と、人間の係わり合いにあるといえる。

小此木氏は、
自分が人から愛されることを求める情緒的な愛情欲求という。

別の言葉で、言えば、甘え、である。

ただ、学者によって、それが、微妙に違うことがある。

一つは、自己愛には、中間態のような、他の源流もあり、その一つとして、満たされるものを、そのまま、受動態の自己愛の満足であるというものと、人から愛されたいという欲求が満たされないときに、自分で自分を愛する、という、欲求が起こるというものを、自己愛と、呼ぶ。

後者の説は、愛されたい気持ちが、満たされないから、自分を愛する、セルフ・ラブ。ももう一つは、自分が愛されたいから、まず、自分の方から、相手を愛するという、能動的な形があるという。

たとえば、母親がほぼよい愛情を注いでくれないと、その子どもは自分で自分を愛するほかなくなってしまう。そこから、自己中心性とか、周囲への無関心、人々の共感性の乏しさ、幻想的な全能感などが生じるというのです。
小此木

この問題を考える、古典的な考え方に、オナニーがある。
オナニーは、代理満足として、行われるというもの。

オナニーと自己愛あるいは自体愛とは密接に関係しています。
小此木

上記の、考え方は、古いものである。
時代は、もっと、進んだ。

オナニーを自己愛の代理満足とするのは、オナニーの変態的状況である。

自己愛が、オナニーによって、性愛に至るのは、病である。
だが、それも、時代は、オナニストとして、認めた。

心理学者の説は、時に、頷かせながら、勝手な解釈に陥ること、多々あり。

母親のスキンシップの代わりに、自分のおチンチンにさわる、こうしたリビドーの動きは、受動的対象愛がみたされなくなって、自分で自分を愛する自己愛が高まるのは、思春期です。
小此木

思春期に関しては、如何様にも、解釈できる。

ここで、誤ってはいけないことは、心理学というものの、語り尽くそうとすることの、曖昧性である。
あたかも、そのように、思われるような、言葉を使用して、納得させる。
心理学者が、無反省なのは、ここである。

心理学は、統計学などといわれるが、違う。
学者の興味によって、起こされた学問である。
勿論、それを理由するには、否定はしない。だが、それが、すべてではない。

特に、思春期などは、まさに、百人百様である。
相談者を納得させるために、使用される、心理学用語に、相談者が、騙される。つまり、心理学用語に、自分の問題を、当て嵌めようとするのである。

なるほど、言葉というものは、新しい概念や、観念を伝えるものであるが、それだけではない、もの、が、人間にはある。

小此木氏は、レオナルド・ダ・ヴィンチの例を上げて、彼が、同性愛傾向を持っていたのは、母親との、結びつきが異常に強かったためだと、フロイトが言っているといい、自分が母親から、愛されるように、自分が母親の立場になって、少年を愛したと、分析していると、言う。

これなどは、勝手な思いつきである。

ダ・ヴィンチは、少年愛たったのである。
少年の、ペニスを口にするのが、とても、快感だった。
それで、いい。

そこに、母親との、強い結びつき・・・
はては、母親との、薄い結びつきによって・・・
彼は、同性を愛した。と、冗談ではない、解釈を、勝手にする。
そして、それが、学問とされて、勝手に人を、分析しようとする、その時、心理学者の、傲慢不遜が、現れる。

また、それに、真似た、馬鹿者が、人を、心理学用語を、使用して、分析するという、呆れた状態を、生む。

心理学は、進化し続けている。
過去の、分析は、その時点で、もう、古いものなのである。

だから、同性愛も、治すという、傲慢さを、持ち合わせる。

レオナルドにおける、自己愛の、メカニズムなど、誰が解ろうか。
もはや、亡くなった人、存在しない人を分析するのは、反論出来ないからである。

犯罪が、起こると、心理学者なるものが、マスコミにて、分析をよくするが、隣の爺さんに聞いた方が、真っ当な場合が、多々ある。

家庭環境が、複雑で、不幸感を抱き、社会に対して、憎悪を向けた結果・・・

そんな人は、数多いる。
何故、彼を犯罪に走らせたのか・・・
何も、応えられない。

そこで、彼の因縁、霊的問題ですと、言えば、大衆は、笑うだろう・・・
しかし、それこそが、本当の原因だったら・・・



posted by 天山 at 23:54| 霊学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。