2011年08月04日

もののあわれについて。527

大臣は、あながちに思し焦らるるにしもあらねど、つれなき御気色のうれたきに、負けて止みなむも口惜しく、げに、はた人の御有様、世のおぼえことにあらまほしく、物を深く思し知り、世の人のとあるかかるけぢめも聞き集め給ひて、昔よりもあまた経まさりて思さるれば、今更の御あだも、かつは世のもどきをも思しながら、むなしからむはいよいよ人わらへなるべし、いかにせむ、と御心動きて、二条の院に夜がれ重ね給ふを、女君「たはぶれにくく」のみ思す。忍び給へど、いかがうちこぼるる折もなからむ。




大臣、源氏は、ひたむきに執心というのではないが、冷たい仕打ちが腹立たしいのに、引き下がるのも、癪に障る。それに、源氏自身、品格といい、世間での評判といい、実に、申し分なく、深い分別もあり、世の人の、その時々の、判断も知り、若い頃よりは、経験を積んだと、思っている。
今更、浮気沙汰も、世間の非難を招くと知りつつも、このまま、空しく引き下がっては、いよいよ笑い者になる。どうしたものかと、迷うと、二条の院にも、帰らない夜が重なり、女君、紫は、戯れにくく、と、思うばかり。がまんしているが、悲しみに、涙のこぼれる時もある。

たはぶれにくく
古今雑体俳諧歌
ありぬやと 試みがてら 会ひみねば 戯れにくき までぞ恋しき
冗談として、すまされない思いである。




源氏「あやしく例ならぬ御気色こそ、心得がたけれ」とて、御髪をかきやりつつ、いとほしと思したるさまも、絵にかかまほしき御あはひなり。




源氏は、妙にお顔の色が、すぐれませんが、どうなさったのか、とおっしゃり、紫の御髪を撫でながら、いとおしいと思っている様子は、絵に書きたいような、間柄である。

最後は、作者の言葉。




源氏「宮うせ給ひて後、上のいとさうざうしげにのみ世を思したるも、心苦しう見奉り、太政大臣もものし給はで、見ゆづる人なき事しげさになむ。この程の絶え間などを、見ならはぬことに思すらむも道理にあはれなれど、今はさりとも心のどかに思せ。おとなび給ひためれど、まだいと思ひやりもなく、人の心も見知らぬ様にものし給ふこそらうたけれ」など、まろがれたる御額髪ひき繕ひ給へど、いよいよ背きて物も聞え給はず。源氏「いといたく若び給へるは、誰が慣はし聞えたるぞ」とて、常なき世にかくまで心おかるるもあぢきなのわざや、とかつはうちながめ給ふ。




源氏は、宮、藤壺が、お亡くなりになってからは、主上が、何をする元気もないようで、お気の毒に、拝し、太政大臣もいらっしゃらないので、仕事を任せる人もなく、忙しいのです。その間、こちらに帰れないのを、今までにないことと、恨むのは、もっともなこと。だが、もう、安心してください。大きくなり、まだ人の気持ちが解らず、私の心もわからないようですが、かわいらしい、と、涙にもつれた、御額髪を直して差し上げる。が、ますます横を向いて、何も言わない。
源氏は、こんなに、子どものようにいらっしゃるのは、一体、誰の躾のせいか、と、仰せになり、こんな定めない世に生きて、こうまで、この人から隔てられるのは、辛い事だと、考える。

この当り、源氏の、我がまま、勝手気ままな性格が、見える。
紫は、単に、源氏が懸想している女がいることに、嫉妬しているだけで、当然である。
それを、常なき世にかくまで心おかるるもあぢきなのわざ・・・
自分勝手すぎる。とは、現代の私の考え。

恋愛に対する考え方に、大きな違いがあると、思う。

当時は、何人の女がいても、当たり前の時代。
源氏の、地位にあれば、側室など、何人いてもいいのである。




源氏「斎院にはかなしごと聞ゆるや、もし思しひがむる方ある。それはいともて離れたることぞよ。おのづから見給ひてむ。昔よりこよなう気遠き御心ばへなるを、さうざうしき折々、ただならで聞えなやますに、かしこもつれづれにものし給ふ所なれば、たまさかの答などし給へど、まめまめしき様にもあらぬを、かくなむあるとしも憂へ聞ゆべき事にやは。うしろめたうはあらじと、思ひ直し給へ」など、日一日慰め聞え給ふ。




源氏は、斎院は、たわいもないことを申し上げたことを、もしや、取り違えているのかもしれない。それは、大変見当違い。いずれ、お解かりになるだろう。昔から、至って、そのような事は、疎い方で、騒々しい折々に、お手紙を差し上げて、困らせることもあるだろうが、あちらも、退屈して、たまに、お返事を下さることもあるが、真っ当なお返事ではないものを、一々、打ち明ける事でもない。心配などないと思い直してください。と、一日がかりで、ご機嫌を取るのである。

源氏の、懸命な言い訳が、面白い。
 
はかなしごと聞ゆるや、もし思しひがむる方ある

儚いことを、申し上げたが、それが、勘違いされて、大そうなことになっている・・・
という、源氏の、嘘。
紫の上を、騙せると、思うのである。

まめまめしき様あらぬ
特別な話しではない。
それを、一々、報告する必要もないだろう・・・

浮気をする男の、言い分であろう。
いつの世も、同じか・・・

そして、とても、のんびりした、物語になっている。




posted by 天山 at 05:08| もののあわれについて第11弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。