2011年07月30日

タイ、イサーンの姿4

いつものことであるが、慰霊と支援の旅では、水を多めに買う。
タイでは、日本の水道水に当る水が、安い。
一リットルで、5バーツ、15円。
更に、ミネラル水は、1,5リットルで、15バーツ程度、45円である。

兎に角、暑い国なので、水は不可欠。
当たり前だが、一日、2リットルは、飲む。
今回は、水分の吸収を良くするための、粉も、持参していた。

現在の、タイでは、屋台で出される水や、氷も、安全である。

屋台でも、水を出してくれる。
氷が入っていると、最初は、飲まなかったが、今は、平気で飲む。
安全であると、知ったからだ。

市場の、屋台に、毎日出掛けて、昼の食事をした。
30バーツ、90円、で何でも食べられる。
最初は、無愛想なおばさんだったが、通ううちに、笑むようになった。
更に、食べ物の説明も、してくれる。
勿論、意味は、解らない。

時には、味見をさせて貰う。
これは、私が作ったんだーーー
どう、おいしいーーー
そんな、感じである。

最後の日は、バンコクに戻る日である。
私は、空港で食べるために、弁当にして貰った。

カムバック・バンコク
エアポートで、食べると、仕草で、伝ええた。
おばさんは、頷いて、二人分の、焼き飯を作る。

なんとかこんとか
それで、なんとかこんとか・・・

おばさんが言う。

付け合せの、野菜と、タレをつけてくれた。
そして、私たちに、使い捨てのスプーンではなく、金属のスプーンをつけてくれた。

そんなことは、初めてだった。
そして、おばさんは、
なんとかこんとか、なんとかこんとか・・・と、言う。

私は、また、来ます。
元気で・・・
サバイーね、と言った。

ゼスチャー入りであるから、何とか伝わったと、思う。
そして、もう一度のこの町に来ると、決める。

いつも、そう思う。
人の情けに、また、来ると、思うのだ。

こうして、私は、13カ国の人々と、出会った。
そして、日本と、日本人に対する、態度を、知った。

書きたくないが、このような街に日本人が、来るのは、女を買うためである。
そういう、珍しい人もいるのだ。
こんな、辺鄙なところに、女を買いに来るという・・・

トゥクトゥクの後ろに、日本語の看板がある。
マッサージの広告である。
マッサージは、風呂であり、売春の場所である。

単なる、マッサージと、それらは、別物。
ただし、稀に、どちらかと、解らないこともある。

私たちは、明確に、目的を示したことが、良かったのである。

そうでなければ、トゥクトゥクのおじさんに、強引に誘われる。

売春目的の、日本人は、私たちのように、ケチらない。
そのために来ているのだから、大枚なお金を、持って来る。

200バーツ、600円程度の、料金なら、問題なく、支払うだろう。

更に、後ろ髪を引かれることは、前日の夜、コータが見つけた、橋の下の家々を廻ったことである。
もう、なけなしの、衣服、私のシャツなどを持って、それを、手渡しに出かけた。

町から、ほんの少し離れた処に、本当の、イサーンの姿があった。
小屋のような家、家、家である。
更に、川向こうの森に隠れた場所は、皆、そのような家が、立ち並ぶという。

コータは、本当に残念だと言う。
最初に見つけていれば・・・
しかし、一見、立派に見える家も、内情は、同じなのである。

タクシンの政策は、東北部、イサーンの人々を、支配する。更に、雁字搦めにして、票にする。

今回の、選挙も、すべて、金をばら撒いた。
一人、300バーツから、500バーツを渡されると、ホテルのベッドメークのおばさんが、言う。

貧しい人たちは、今日、明日のことで、精一杯である。
今日、子どもに、食べ物を・・・
来年の、5000バーツを待てない。
その、弱みに付け込むのである。

川向こうに、膨大に広がる、長屋のような、小屋に住む人たち。
次ぎは、その場所に行こう。

だが、タクシーも、トゥクトゥクの運転手も、誰一人として、その場所について、言わなかった。何故か。
それも、解らない。



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