2011年07月16日

性について。180

売春・・・

それは、金を払い、女、または、男の体を買う行為であり、買う側の人間は、買春となる。

売春の歴史は、長い。
それに、売春という言葉が、いつ頃できたのか・・・

日本の社会では、援助交際という名の、少女たちの、売春行為が、流行った時期がある。勿論、今も、それは、続いている。

よくぞ、援助交際などという、言葉をつけたものである。
少女の売春行為と、名付けなかったというところが、マスコミの、狙いか・・・
マスコミの人間の中にも、少女買春をしていた者、多数いるのだろう。

これから、しばらく、この、売春に、テーマを移して書く。

古代、原始時代は、売春行為などは、無い。
勿論、そんな概念も無い。

乱交であり、特定の、男女が、二人で、家庭のようなものを、築くのは、女の知恵からである。

つまり、子供が、出来ると、その子供を、育てるために、狩をして、獲物を持ってくる、持続的関係が、必要になった。
女は、男の、気を引くために、性が武器になったのである。

最も、原始的な欲望、欲求である、性欲は、また、種族保存という、本能に、促される。

もし、それが、売春行為であると、定義すれば、売春は、古代、原始時代から、存在したといえる。

だが、それは、違う。
女は、男の、付属物だったのである。
家畜と同じ扱いである。

旧約聖書の、時代から見れば、そうである。

原始的社会では、厳密な意味での、売春、つまり、現代で言うところの、売春と言うものは無い。

売春するということは、取引契約をすることである。ところが原始社会の女性は、契約の当事者ではない。契約を受け入れ、その対価を手に入れるのは、彼女自身ではない。肉体的・精神的に成熟しているばかりか、その若さのゆえに、婦女は譲渡または貸借の対象となるのであって、要するに、女性が自らその貞操を売ることはなかったのであり、売買の対象だった。事実、売春の歴史は売春仲介の歴史と混ざりあっている。
売春の社会学 ジャン=ガブリエル・マンシニ

古代カルディア、メソポタミア地方では、はじめて、慈善的な歓待売春が行われていたといわれる。
それは、旅行者や、船乗りに対する、救護の意味で、一種の社会奉仕である。

上記の、売春行為が、後に、神聖化されるに至る。
つまり、宗教的性格を持った、義務とされるのである。

それは、インドや、エジプトにも、存在していた。

ヘロドトスによれば、歴代王朝のエジプト王は、自ら、その皇女の身を、捧げたという。

特に、クフ王は、自分の皇女に命じて、その巨大なピラミッドの構築を早めるように、通過客一人一人に、身を任せて、これを報償としていた。

更に、ヘロドトスは、リディア地方、小アジア西部の古代国家で、前560年頃に繁栄した国では、娘は、皆、売春行為をするという。
結婚をするまで、身を売ることで、持参金を稼ぐのである。

この、習俗は、アフリカにも、存在していた。
サハラ地方の、アトラス山脈の北方に住む種族にも、存在していたという。

人を持て成すための、売春行為、更に、司祭を中心にした、祭式の形をとり、司祭の利益のために、行われた、宗教的な売春行為に続き、公認の売春が、現れるのである。

中国古代の専制君主たちは、エジプトのクフ王よりも遥かに巧みに、売春事業を組織する。たちのわるいやくざ連中の手にみすみす利益をゆだねるよりは、国家公認の施設を大量に設けて利益を独占するわけである。
ガブリエル・マンシニ

宗教的売春は、インドにては、バビロン以上に、盛んだった。
様々な、神々の豊かに存在する、インドでは、迷信により、司祭は、迷信に捉われやすい人々に付け込む、絶好のチャンスに恵まれていたのである。

昔から、宗教を利用し、活用する人々がいたのである。
それも、宗教の内部に、である。
司祭・・・

その、利益のために、売春行為を、行わせるという。

インドでは、破壊と生殖を司る、シヴァ神の信仰が盛んであり、その、リンガ、つまり、男根を象徴とする。
大小様々な、男根、象徴物が、創られた。

そこで、司祭たちの、狡猾極まりない儀式が、執り行われる。
その、儀式により、司祭たちは、人々を引き寄せていた。

東エジプト、ギリシャにも、男根の、生殖器崇拝があった。

この生殖器崇拝は、別にその出現に深淵な哲学的な意味を探る必要などさらさらない。要は、性交の神秘化をねらった結果に他ならない。
ガブリエル・マニシン

その後は、宗教的偶像崇拝的な、行為から、国家の大事業と、移り変わってゆく。

その狙いは、公序良俗を守り、税収源を上げることである。

売春を、国家事業とすれば、莫大な資金を得ることになる。
現在は、ヤクザの世界に、莫大な資金を得る、手段を与えているようなものである。

取り締まり・・・
無理である。
売春が、廃れるわけが無い。

日本では、昔の赤線、青線を、廃止したが、その後、理想的に、推移したか。
否である。
少女たちが、進んで、その体を金に換えるという、所業である。

女性の、性を守る、人権を守る・・・
絵に描いた餅である。

更に、売春を、厳しく取り締まれば、それだけ、比例して、性犯罪が、多発する。
つまり、売春を廃止するという、考え方そのものが、誤りなのである。




posted by 天山 at 05:11| 性について5 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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