2011年04月06日

難民6

メーソートに滞在中は、相変わらず、ホテル並びの食堂に通い、市場に出掛けて、果物や、お菓子、茹でとうきびなどを買って食べた。

ホテルでは、一切食事は、しなかった。
インスタントコーヒーでも、30バーツ、90円である。
街中では、きちんと、煎れたコーヒーでも、25バーツである。

私の場合は、タイ料理に慣れて、何でも、美味しい。

ちみなに、マニラと、バリ島が、一番不味い。
どうして、こんなに、不味いものを作れるのかと、感心するほど、不味い。

バリ島を離れた、インドネシアでも、美味しい。
パダン料理、そして、マカッサルの魚の美味しさ。
勿論、屋台である。

レストランには、決して入らない。
高くて、不味ければ、目も当てられない。

私は、もう、食べ物に、当らないのである。
仏陀の言う、如来に近づいたようである。
仏陀は、最後に食べた、豚肉の炒め物で、命を落とすことになる。その時、それを作った者に、これを食べて大丈夫なのは、如来であると、言う。

仏陀さんも、如来でなかったという・・・

私は、知ったかブッダであるが・・・

さて、タイの、民間機は、変更が多い。
案の定、バンコク行きの、飛行機が、変更である。
それも、遅いのではなく、早くなったのである。

一時発が、朝の11時に変更である。

二時間も、早い。

バンコク、メーソート間は、二つの飛行機会社が、飛んでいる。
勿論、安い方を選んだ。

広倉さんと、中野さんの、お孫さんが、朝の11:30に、ホテルに来てくださることに。

であるから、私は、急いで、市場に行き、イカの干したものを買いに出た。
タイのイカは、沢山種類がある。それが、楽しみ。
ただ、それらは、皆、炙って食べるものらしい。私は、そのまま、食べる。
コータは、怖がり、食べない。

マンゴーも、美味しいが、バンコクにもあり、買わない。
でも、バンコクの、半額の値段である。

さて、空港に向かう。
ホテルから、15分ほどである。

小さな空港であるから、簡単である。
荷物も、一つのバッグに、まとまった。

搭乗手続きをして、広倉さんと、コーヒーを飲みつつ歓談する。
最後まで、付き合ってくださるのである。

広倉さんは、多くマスコミの取材を受けるが、名前は、匿名にする。
私は、了解を取って、書いている。
私の場合は、特別扱いである。

国境の町、その周辺の話しは、尽きないほど、情報量を、持っている。

国王直属の、枢密院に訴えた人の、一人である。
今は、広倉さんのみ、残っているのだ。

私の質問に、答えないことは、一つも、なかった。
ここに、書けないことも、多々ある。

いよいよ、アナンスがあり、搭乗口へ・・・
そこで、広倉さんに、お別れする。
また、11月以後に、参りますと、今回の、お礼を言う。

お客は、10名程度。
大丈夫なのか・・・という、プロペラ機。
まあ、これなら、落ちても、死ぬことはないと思う。

ゆっくり、落ちるだろうと、楽観的である。

それが、また、大音響である。
低空飛行なので、下に風景が見渡せるが、見るのは、止めた。
兎に角、目を瞑り、見ない。

バンコク、ドムアン空港に着くまで、そうしていた。

ドムアン空港は、昔の空港で、今は、国内線のみである。
スワナプームが、国際空港になった。また、一部の国内線も、飛ぶ。

そして、バンコクでは、今まで泊まったことのない、ルンビニ公園近くのホテルである。
珍しく、ゲストハウスではない。ホテルである。
918バーツという、奇妙な料金。
2700円程度である。二千円以上のホテルには、あまり、泊まらないのであるが。

二泊のみ利用することにした。
その付近の、ホテルでは、一番安い。

その付近のことが、知りたかった。
麻薬密売と、売春である。
詳しく書かないが、麻薬密売は、現場を何度か見ることが、出来た。

売春は、何と、隠れゲイのスポットだった。
一組の、男女のカップルがいれば、五組の、ボーイと、白人男のカップルがいるという。

更に、私は、それで出会いの、現場も、確認した。

タイ・・・
何ゆえに、ゲイが多く、更に、レディボーイが多いのか・・・
不思議である。
夜は、コータが、レディボーイの取材に出かける。
私は、寝る。

部屋に鍵は、掛けない。
決して、私たちの、真似はしないで欲しい。

私から、奪うものなど、何も無い。
お金・・・
そんなもの、たかが、知れている。
後は、命・・・
そんなもの、たかが、知れている。




posted by 天山 at 00:00| 旅日記 難民 メーソート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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