2011年03月08日

スラバヤ 8

ホテルから、近い、街中の、英雄墓地に出掛けることにした。

ホテルの従業員から、タクシーより、ベチャ、自転車タクシーの方が、いいと、言われた。
15000ルピアで、行けると言う。

そこで、支援物資のバッグを二つ持参して、ホテルを出た。

ホテル前に、待機している、ベチャは、ボラれると、思うから、少し歩く。
すると、一人のおばさんが、呼びかけてきた。
ほらほら、ベチャあるよ・・・これに乗ったら・・・
と、指差す。

すると、すぐに、おじさんが、駆けつけて来た。
行き先を言うと、10000ルピアで、行くと言う。100円である。

あらっ、安い。
じゃあと、乗り込む。

自転車は、ゆっくりと進む。
実に、良い風景が見られる。

英雄墓地は、スーパーヒーローの墓地なのである。

通り道に、衣服を渡したい人たちがいる。
後で、おじさんに、言って、廻るつもりである。

英雄墓地到着。
日の丸を持って、中に入ろうとしたが、扉が閉まっている。
と、一人の、おじさんが、出て来て、中に入れてくれた。

私は、祈ると、言って、どんどんと、墓地の中に入る。

コータが、おじさんから、何か言われている。

そして、ここは、許可がなければ、入れない場所なので、出来るだけ、早めに、御願いしたいと、言っているという。

許可無しで、入れてくれたのは、日の丸のお陰である。

英雄には、日本兵も、多々いる。

車で、30分ほどの、郊外にも、英雄墓地があるという。
私は、そこには、次のときにと、考えた。

兎に角、黙祷をして、英雄の皆さんに、挨拶する。

そして、日本兵のために、祝詞を上げる。
最後に、清め祓いを、行う。

少し急いだ。

だが、これが、日本のバカな公務員だったら、決して、中には、入れないだろう。
兎に角、許可を取れ、である。
臨機に対応しないのは、公務員の特権。

名前の記された、慰霊碑の前で、写真を撮る。
そして、何度も、トリマカシと、お礼を言い、外に出た。

ベチャのおじさんが、急いで、自転車を、入り口に着ける。

私は、おじさんに、言った。
バッグの中を見せて、これを必要な人たちに、渡したい・・・
おじさんは、すぐに、理解した。

ジャランジャランで行こう・・・
ゆっくり、散歩をするように、である。

道を戻りつつ、おじさんが、人々に、声を掛ける。
まず、道端に座っていた、親子連れ。

子供の衣服と、母親の衣服を渡すと、父親が、もっと、奥のほうに、行ってくれと、言う。
奥のほうに、必要な人たちがいるのだ。

すべて、おじさんの、采配に任せた。

時々、道端の、人の前で、止まった。
おじさんが、言うと、相手が何か言う。
そして、手を出す。
差し上げる。

それを繰り返して、おじさんは、路地の中に、入っていった。

狭い路地である。
子供が遊んでいる。

裸で、水浴びする、女の子もいる。
おじさんが、声を掛けた。

すると、どこからともなく、人が出てくる。

日本の人が、服を持って着てくれたよ・・・
順番にだ・・・

女たちが、集う。

私が、ママと言い、衣服を出すと、皆、シーンとする。
誰、ママ・・・
あんたよ・・・
いや、あんたのことでしょう・・・

ママとは、そちらの方言で、婆とも、受け取られるらしい。

私は、ガールと言った。
すると、皆、手を出した。
婆さんも、である。

女は、皆、ガールなのである。
子供から、大人まで、女は、ガール・・・・

ガールが、利いた。
皆も、ガールと、言い合う。

赤ん坊を抱いた女には、幼児物を。
ベイビー・・・
皆、ベイビーと、応える。

すると、赤ん坊のいる女たちを、皆で、呼ぶ。

おじさんの、お陰で、騒然とした、雰囲気にならない。

みんなにだよ・・・みんなに・・・
と、言っているようだ。

少しして、また、奥に入る。

その繰り返しである。

おおよそ、渡し終えると、おじさんは、右折して、路地を出た。
そのまま、ホテルに向かう。

驚いたのは、おじさんが、私たちの泊まるホテルの、玄関の中の中まで、入ったことである。
私たちは、見られていると、思った。

このホテルに、私たちが、泊まっていると、知っているのである。

私は、おじさんに、30000ルピアを渡した。
チップも、含めて、300円。
すると、おじさんが、私にも、何か、ありませんかと、言う。
ああーーー
成人男物は、あまり無い。

すると、コータが、ブルーの袖なしワイシャツを見つけた。
おじさんに、渡すと、とても、喜んだ。
更に、ホテルの従業員も出て来て、二人の子供がいる・・・

私は、バッグの中身を、すべて出した。
おじさんにも、家族の必要なものを、と、言った。
おじさんは、独身だった。
寂しそうに、家族は、いないと、言う。

従業員は、二人の子供ために、衣服を選び、とても、喜んだ。

およそ、二時間ほどかかった。
本日は、これで、終わり。

その後、おじさんとは、道で、何度も、出会った。
更に、ホテル周辺の人たちも、私たちの行為を、見て知っているのである。

何人の、おじさんたちから、俺にも、シャツをくれと、言われたのである。

ゴミ拾いと、ベチャの仕事は、おおよそ、最低の仕事である。



posted by 天山 at 00:00| 貧しさに負けるスラバヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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