2011年03月02日

スラバヤ 2

スラバヤは、インドネシアの国民には、忘れることのない、英雄の町である。

日本の敗戦後、1945年、初代大統領スカルノは、独立宣言を出し、インドネシアをまとめる。

そして、独立戦争の幕が開くのが、スラバヤである。
イギリス軍と、再植民地化を願うオランダ軍との、戦いである。

スラバヤの、英雄たちによって、インドネシアの人々が目覚めた。
戦う。

そこに、日本兵が参加した。
インドネシア全域で、12000名程度の、日本兵が、脱走兵として、独立戦争に参加するのである。

スラバヤでは、彼らを、スーパーヒーローと、呼ぶ。

街中にある、兵士の墓地は、申請しなければ、入ることが出来ないほど、しっかりと、管理されている。

私は、申請せずに、入ることが、出来た。
日本の御国旗、日の丸の、お陰である。

戦闘の始まった、11月10日は、英雄の日、として、盛大に、行われる。

無名戦士も多い。
しかし、その無名戦死の数も、慰霊碑には、しっかりと、書かれている。

日本兵も、現地の名前を使用したもの、多数。
インドネシア人として、戦ったのである。

再植民地化するという、オランダに、国連は、もう、止めなさいと、勧告した。
国際社会が、認めなかった。

オランダは、1602年に、現在の、ジャカルタのコタに、東インド会社を置いて、植民地として、最大に利用した。
200年以上に、渡る、植民地化である。

オランダは、インドネシアを、エリアに分けて、支配した。
それは、独立の気運が起こっても、手に負えない勢力にならないようにということだ。

時々、各地で、紛争が起こったが、オランダ支配を揺るがすものではなかった。

愚民政策。
インドネシア人に、教育を受けさせず、愚民として、扱う。
人権無視の、植民地化である。

大航海時代といわれる、一時期の、西欧の、植民地政策に対して、誰か、謝罪をせよとは、言わない。

日本の、植民地政策に対してだけは、謝罪せよと、言う。

信じられない。

1949年、連邦共和国、そして、1950年に、共和国と、なった。

スカルノは、建国の父、といわれる。
しかし、社会主義政策により、経済が悪化し、共産政権に反感を持つ、国軍との対立が、深刻化した。
1965年、国連を脱退。独裁化を、進めた。

同年、9月30日、共産党勢力による、クーデターにより、体制が崩壊する。

だが、クーデターは、国軍により、鎮圧される。
これを、きっかけに、軍司令官の、スハルトが、実権を握る。

1968年、正式に、大統領となり、国連に復帰する。

スハルトは、親米路線に政策を転換して、開発の父、と呼ばれる。
だが、国の利権を、一族で、独占し、30年以上もの間、独裁体制をとったのである。

1998年、スハルトは、再選する。
七期目の任期に入り、タイ・バーツの暴落から、アジア通貨危機により、経済が悪化し、ついに、首都ジャカルタをはじめとする、国内各地で、スハルト政権に対する、暴動が起こる。

それは、各地の民族紛争にも、発展した。
特に、国の経済を握る、華僑、華人たちの、商店などが、襲われる。
国内にいた、中国系住民、600万人のうち、おおよそ、3万人が、海外に脱出した。

共に、国内の銀行から、800億ドルが、引き出された。
更に、国内経済が、悪化するのである。

1998年5月、スハルト大統領は、ようやく、辞任を表明し、32年間続いた、独裁政権が終わった。
副大統領だった、ハビビに、引き継がれる。

だが、ハビビは、スハルトの腹心である。
与党ゴルカル党と、軍内部での、権力闘争も、激しくなる。

更に、スハルト政権が国家統合のために、進めた、国内移民政策による、軋轢がはじまった。

ジャワ島などの、移住民と、元からそこに暮らす先住民との、軋轢である。
また、長年、独立運動が続いていた、キリスト教徒の多い、東ティモール、マルク諸島、西カリマンタンなどでの、対立が激化していった。

一部住民の、衝突が、民族、宗教対立となり、数百人規模の、虐殺と、発展していった。

そして、国内難民の、発生である。

これは、イスラム教色の強い、政治方針への支持を集めるための、策略だとの、見方もある。

1999年、ハビビ政権は、東ティモールの、独立を、認める。

次期大統領は、ワヒドであるが、献金疑惑により、解任される。
次に、スカルノ大統領を父に持つ、メガワティが就任する。
しかし、無能だった。
国内問題で、政局が、混乱する。

そして、ユドヨノ大統領である。

日本は、敗戦から、巨額の、支援金をインドネシアに、差し出してきた。
更に、投資である。

日本無くしては、インドネシアは、成り立たない。

後進国に、付き物なのが、汚職と、賄賂である。
国が、成り立たない訳である。

大半の、援助金が、真っ当に使われない。
政府関係に、配分されるだけと、私は、見ている。

インドネシアの金持ちは、半端ではない。
金が、一点に集中するからである。

これは、もう、人間性の問題である。
政治家・・・

決して、生では食えない。

権力者が、権力から、離れたがらない理由は、一つ。
権力の座を、渡すと、今までの、悪が暴かれるからである。

さらには、新しい政権によって、死刑も、ある。

改めて、民主的政治、民主的国益の、あり方を、考える。




posted by 天山 at 00:00| 貧しさに負けるスラバヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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