2010年12月09日

プノンペンの悲しみ 9

少なからぬ著者たちはまた、カンボジア民族のある種の特徴がクメール・ルージュによる殺害行動を助長したかもしれないと考えている。
たとえば、結局のところ曖昧な役割を担っていた仏教がその例だ。社会的なコントラストにたいする仏教の無関心や、この世の功罪の報いが来世に引き延ばされるという信仰は、革命的なビジョンを支えるには向かなかった。
しかし、仏教の反個人主義がクメール・ルージュによる「自我」の抹殺にぴったり一致したことは間違いない。輪廻(魂の再生)のさなかにある生活には限定的価値しかないという考え方と、その帰結として、避けがたい運命に直面したときの宿命論とは、体制の暴虐にたいする仏教徒の抵抗を弱めたのであった。
黒書 改行は私

そして、更に
仏教はたしかに激しく弾圧されたが、とにかく、チャム族にとってのイスラムのようには、クメール・ルージュへの抵抗のための防波堤にならなかったのだ。
黒書

最も、強く弾圧を受けたのが、イスラムである、チャム族である。

現在、チャム族の村は、再生されて、イスラム寺院も、建っている。
村を通る道を見ても、過去の出来事は、分からない。

そこから、車で、一時間あまりの、ウドンの施設で、虐殺された、およそ一万人の中にも、チャム族の人たちがいる。

さて、私は、この特殊な、異常性を持つ、クメール・ルージュの性質は、単なる共産主義による、云々というだけではないのではないかと、考える。

すると、矢張り、黒書の中でも、それに、触れている。

アンコール時代(八−十四世紀)に関する文献はほとんど残っていないが、東南アジア半島部のヒンドゥー=仏教王朝はすべて(タイ、ラオス、ビルマ・・・)アンコール王朝をモデルとして構成された。それらの王朝の暴力に満ちあふれた歴史はカンボジアの歴史に似ている。いたるところで、捨てられた妾を象に踏み殺させ、新しい王の治世は彼自身の家族の虐殺をもって始まり、戦いに敗れた住民は荒地へと大量に追放された。
絶対主義がこれらの社会に深く根付いており、いっさいの異議申し立ては冒涜行為の形相を呈したが、啓蒙専制君主はそれにつけ込むことはなかった。
行政構造が非常に弱体だったので、いずれにせよ状況はすぐに行き詰まってしまったのだ。しかしながら、人民の受忍能力はきわめて高かった。中国社会とは違って、救済はむしろ他の国家やもっと僻遠の地への逃亡という形のなかに求められたので、反王権的反乱は稀だったのである。
黒書 改行は、私。

つまり、下地があったということである。
その歴史の中に。
それが、カンボジアの特殊な、いや異常な、形相を形作ったといえる。

シアヌークの治世は、平和的に見えるが、その後半は、左翼、反対派に対する、シアヌークの暴力は、甚だしく、広汎に行われた事実がある。

権力の腐敗を批判する、親共産主義左翼の人気が、高まるのを嫌った殿下は、日刊紙「人民」の編集長を暗殺させたか、あるいは、彼の暗殺を黙認した。
更に、週二回発行のフランス語新聞の、責任者、後の、クメール・ルージュの指導者、キュー・サムファンを、道路の真ん中で、滅多打ちにさせた。

1960年8月、投獄が18件になり、左派の主要機関紙は、発行禁止になった。

1962年、非公然のカンプチア共産党の書記長、トゥー・サモットを暗殺したのは、秘密警察である。

これが、きっかけとなり、サロト・サル、つまり、ポルポトの、指導権獲得が容易に実現したのである。

1967年、サムロート蜂起が起こった。
いくつかの、中国人学校における、文化大革命の影響もあり、これまでにない、厳しい弾圧が発動され、大勢の人の死の原因となった。

公然と活動していた最後の共産主義者と、100人ほどの知識人シンパが、都市を離れ、クメール・ルージュ活動に、合流する。

更に、ロン・ノル大統領の治世は、愚劣な体制の批判者たちを、身動きの取れない状態に追い込んだ。

それが、また、カンプチア共産党だけが、唯一の、信頼できる反対派として、存続させるひとつになる。

しかし、系譜の面から言うと、実情は違う。クメール・ルージュの行動のイデオロギー的基礎と最終目的とは、状況対応的ではなく、レーニン主義に発し、スターリン、毛沢東、ホー・チ・ミンの相次ぐふるいをくぐりぬけた「偉大な伝統」をきわめて正確に踏襲したものだったからである。
独立後のカンボジアの破滅的な変化と、ついでカンボジアが戦争に呑み込まれた事実らよって、カンプチア共産党の過激派による権力奪取が容易になり、彼らが前代未聞の暴力に訴えることが正当化されたことは間違いない。
しかしながら、いかなる外的な状況も、彼らのラジカリスム自体を説明することはできないのだ。
黒書 改行は、私。

ここからが、何が、カンボジアで起こったのかを、知るべきことである。

それは、誰も、どんな国でも、想像のつかない、支離滅裂な、彼らの行動である。

まさか・・・そんなことが・・・
そういう、事実を知ることが、必要である。

そして、二度と、このような、事態が起こらないように、世界が、監視する、システムを作るべきである。

あまりにも、それは、愚かな行動であり、そこから、立ち直るために、費やす時間の長さは、気の遠くなるような、思いがする。

中国の、文化大革命の、支離滅裂さも、然りだが、それ以上に、異常であり、人間が、狂信的に行動すると、何が悪で、善なるのかも、分からなくなる。

更に、驚くべきは、子供たちである。
今でも、アフリカなどの、後進国や、テロリスト養成では、子供たちの兵隊がある。
兵士にされる、子供たちは、悲劇である。

知らぬ間に、簡単に人を殺すことの出来る、人間に、育て上げてしまうのである。




posted by 天山 at 00:00| プノンペン二度目の悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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