2010年12月01日

プノンペン二度目の悲しみ

カンボジア、プノンペンには、今年の一月に、はじめて、出掛けた。
その時は、プノンペン郊外の、キリングフィールドを訪れて、ポルポト政権下の、虐殺された人々の、慰霊を行い、孤児たちの家と、ニコニコハウスという、ストリートチルドレン、更に、貧しい子供たちの世話をしている、団体に、支援した。

今回は、二度目である。

今年の、最初と、最後が、カンボジアになった。

三泊の予定は、前回見つけた、ゲストハウス、である。
一泊、15ドル。
新しいゲストハウスで、部屋も、綺麗だ。

ゲストハウスといっても、ホテルと、変わらない。
だが、ホテルより、十分に安い。

成田から、行きは、直行便である。
帰りは、ベトナム、ホーチミンで乗り継ぎ便。
これは、マイレージで、出掛けたため、出来るだけ、安くするための、方法だった。

バンコクで、三日過ごして、プノンペンに出掛けた。

今回は、プノンペンから、車で、一時間半かかる、ウドンという町に行く。
そこで、ポルポト政権の施設跡で、慰霊をする。
慰霊碑は、矢張り、遺骨が、盛られていた。

その前日は、ニコニコハウスに約束した通り、子供たちの衣服を持参する。

到着した日は、夕方である。
二人で、50キロ程度の、衣類と、文具を持参した。
バッグが四個で、それぞれの、手荷物バッグが、二つと、計、六個である。
これが、大変なのである。

バンコクからの、格安航空では、矢張り、加重だと、言われて、衣服の袋を出して、機内持ち込みにした。

まあ、予想していたことである。

一時間程度で、プノンペンに着く。
バンコクからだと、国内線並みである。

入国時に、ビザを取る。
その様子は、あまりに、原始的というか、手作業である。
一度、それぞれの、パスポートを預ける。
それを、次の、コーナーで、受け取り、20ドルを支払い、パスポートを受け取る。

マイクなどない。
軍服を着た、おじさんが、名前を読み上げるから、おかしい。
誰のことを、呼んでいるのか、解らない場合もあるが、客は、苦笑しつつも、待っている。

いつまで、この状態が、続くのかと、思ってしまう。

さて、ゲストハウスまでは、車を利用する。
私は、バイクタクシーと、思ったが、車のおじさんが、9ドルで行くと、勧誘してきたので、まあいいかと、乗ることにした。

案の定、ゲストハウスに到着して、10ドル札を出すと、お釣りがないと、くる。結局、10ドルになるのである。
通常料金と、同じ。

バイクタクシーだと、5ドルである。安い場合は、4ドル。

バイクタクシーは、トゥクトゥクと、呼んだほうがいい。
バイクの後ろに乗る、バイクタクシーもある。

フロントの、お兄さんが、変わっていた。
はじめて見る顔である。
しかし、サービス精神は、健在。

皆、流暢な英語を話す。
英語が、出来なければ、仕事が出来ないのである。

一月に着た時と、同じタイプの部屋である。

兎に角、落ち着いて、ホッとする。
暫く、呆然として、休憩である。
なんと言っても、荷物が多いのが、大変なのである。

本日は、何もしない。
明日、ニコニコハウスに行き、明後日は、慰霊と、最も、迫害を受けたといわれる、チャム族の村に支援に行く予定である。

飛行機に乗る前に、昼ご飯を食べていた。
格安航空は、何もでないのである。
機内で、買う。

だが、疲れると、食欲が無くなるので、丁度良かった。
後は、夜のご飯を食べるだけである。

コータが、散歩に出掛けるが、私は、部屋にいた。
そして、ホテルには、無料の水があることを知る。

一階、ロビーに、無料の水が設置されていて、買う必要がない。
これには、助かった。

部屋に、サービスとして、置かれたペットボトルに、何度も、入れて、利用した。
旅の最中に、頻繁に買うのが、水である。
水道の水が飲めないからである。

飲んでもいいが、現地の人も飲まない水を飲むと、どうなるか・・・
まず、下痢をする。甚だしい場合は、水当り、そして、とんでもない、細菌に侵される。

更に、暑い国では、特に水が必要である。
脱水症、熱中症などにならないため、である。

食べ物より、気を使うのが、水である。
ホント、水はいのち、である。




posted by 天山 at 00:00| プノンペン二度目の悲しみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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