2010年10月15日

天皇陛下について 71

近衛は、日中戦争のはじまる昭和12年から、対米英戦争のはじまる、昭和16年にかけて、三度内閣を組織し、都合二年十一ヶ月に渡り、政権を掌握している。

その、近衛の天皇批判は、深く慎重に受け止めなければならない。

近衛は、日本が日英と、戦争に突入した最大の原因を、統帥権の独立、とした。
そして、その問題を解決しなかったのは、昭和天皇であるという。

この局面を打開するには、陛下が屹然として御裁断遊ばされる以外に方法はなしと・・・
陛下には、自分にも仰せられたことであるが、軍にも困ったものだということを、東久邇宮にも何遍か仰せられたと拝聞する。その時、殿下は、陛下が批評家のようなことを仰せられるのは如何でありましょう、不可と思召されたら、不可と仰せられるべきものではありますまいかと申上げたと承つている。
このように、陛下が、御遠慮勝ちと思われる程、滅多に御意見を御述べにならぬことは、西園寺公や牧野伯などが英国流の憲法の運用ということを考えて、陛下は成るべく、イニシアチーブをお取りになられぬようにと申し上げ・・・
現代仮名遣いにした

日米開戦を阻むためには、天皇が断固として、御裁断遊ばされる以外に方法が、なかったというのである。

それは、天皇が専制的な君主であるべきだということである。

これに対して、昭和天皇は、
どうも近衛は自分にだけ都合のよいことをいっているね
と、批判のお言葉である。

政治の最終責任者が総理大臣であることを考えてみれば、イギリス風の「立憲君主」たらんとした昭和天皇に責任を帰すよりも、まずは近衛文麿に政治の責任を問うべきだろう、とおもわれる。
畏るべき昭和天皇 松本健一

確かに、天皇は、和戦何れか、と言う際に、開戦を回避する努力をしたが、消極的とも見える態度をとったとも、いえる。

その、天皇の消極的と見える態度は、皇太子時代の訪欧に反対する右翼、ニ・ニ六事件のような軍事クーデター、そして、敗戦時の徹底抗戦派によるクーデター計画などに対する、恐れがあった。

天皇陛下の独白録
開戦の際、東条内閣の決定を私が裁可したのは、立憲政治下における立憲君主としてやむを得ぬ事である。もし己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、これは専制君主と何等異なる所はない。

近衛の言う、天皇親政を否定し、それでは、専制君主と何ら異なるところはない、というわけになる。
立憲君主としての天皇は、内閣の決定を裁可して、開戦に同意するしか方法がないということである。

天皇陛下独白録
今から回顧すると、最初の私の考えは正しかった。陸海軍の兵力の極度に弱った終戦の時においてすら無条件降伏に対し、「クーデター」様のものが起こった位だから、もし開戦の閣議決定に私が「ベトー」を行ったとしたならば、一体どうなっていたであろうか。・・・
国内は必ず大混乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない、それは良いとしても結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来かねる始末となり、日本は滅びることになったであろうと思う。

私は、色々と、調べる前に、この陛下の言葉の通りのことを、思った。
当時の状況では、戦争に反対すれば、陛下のお命さえも、危ういものだったと、思うのである。

松本健一氏は、
つまり、天皇の怖れはーーーもしじぶんが開戦の閣議決定を裁可しなかったら、ニ・ニ六事件のような軍事クーデターが起き、果ては軍人たちに受けのよい秩父宮を皇位につけて、やみくもに開戦に走ったのではないか、というものだった。
と、言う。

近衛は、GHQから逮捕状が出ると、服毒自殺をした。
それを、聞かれた陛下は、
近衛は弱いね
と、仰せられた。

天皇とすれば、じぶんの一存で進退を決する近衛を羨ましいとおもう一方で、民族を戦争へと引き込んだ政治に対する「責任」というものは、一人が「自決」すればすむような軽いものではないぞといいたかったにちがいない。
松本健一

天皇の戦争責任問題は、敗戦後の、一つの大きなテーマになっていた。
声高に、天皇の戦争責任を言う者も、多数いた。
しかし、今、歴史の史実が、明るみにされて、更に、敗戦後60年辺りから、どんどんと、資料が出てきた。

皆さん、お勉強不足ではなかった。
事実の、情報不足だったのである。

これから、しばらく、松本氏の、畏るべき昭和天皇から、事の次第を見て行く。

以前に書いたことが、更に深まるはずである。

そして、もう一度言う。
歴史は、必然か、偶然か・・・
歴史に、必然的なものがあるならば、戦争という、ものも、その一つにある。
歴史の進化が、それを求めることもある。

更に、偶然の産物だとしても、そこに、人間の意志が介入する。
矢張り、必然というしかない。

人間が、起こすことは、必然なのであり、そこに、偶然というものが、介入するならば、それは、偶然性という、不可抗力である。

その、不可抗力を、どのように、捉えるかに、人間の人生力がある。

偶然を内的必然と、捉えるとき、人間は、人間としての、知性、理性を持って、思索することができる。

歴史を、内的必然として、捉える。
そこから、歴史が輝くように、見えてくる。
私は、そのように、思う。



posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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