2010年08月04日

天皇陛下について 4

天皇は日本民族の家長であって、任期もなければ交代もない。共和国の大統領は、その地位を維持するためには、常に民衆と接する必要に迫られているが、天皇にはその必要がない。更にいえば、一般国民のプライバシーが尊重されるのと同様に、天皇家のプライバシーもまた尊重されなければならない。
今上天皇 藤島泰輔 総監修

私も、上記に賛成である。
更に、加えて、いえば、日本民族の、家長、それは、国体であり、民衆の決定ではなく、自然発生的に、出来上がったものであるということ。
そして、それが、民衆に、受け入れられてあったこと。
つまり、日本人は、自然に、民の上という意識を持って、天皇を見ていたこと。

昔、天皇を、天子様と、呼んでいた。
更に、そのお姿さえ、見る事が出来なかった。
それが、理想的だった。

天皇陛下を、見る必要は無い。

その存在だけで、十分だった。

上記の本を、引用する。
天皇制という制度は、ごく短い親政の期間を除いて、天皇が現実の政治と無縁だったから今日まで続いて来た。これは長い歴史の間に日本人が体得した「知恵」である。将軍家が日本を統治していた時代に、天皇家は京都の御所に在って、名目的に将軍や諸侯に官位を授与する立場でしかなかった。その時代、御簾の彼方の天皇を垣間見ることさえ、民衆には機会がなかった。それでも天皇家が常に将軍家の上に存在したのは、存在が見えなかったからである。

あの、戦国時代でさえ、天皇家を、攻撃するものが、無かった。
あの、信長でさえ・・・

何故か。
天皇を敵にするということは、民衆、国民を敵にすることだと、知っていたからである。

貴い身分の天子様という、存在を置いたのは、日本人が体得した、知恵であるという。
和を貴ぶ、日本民族の、知恵なのである。
その、和の、象徴が天皇であり、その天皇が、国体なのであるという意識。
つまり、元首であるという、意識。

その、元首である天皇は、武力を持たない存在である。
つまり、敵を想定しない、存在なのである。

国民の一人に、敵を想定しない存在である、人がいる。
そういう人を、上に、頂くというのが、知恵だというのである。

名目的に、官位を授与する立場でしかなかった、というが、違う。

それは、大きな勘違いである。
確かに、行為としてみれば、そのようである。

しかし、明治維新前後、会津藩主、容保が、孝明天皇から、御製、お歌を、贈られている。彼は、その後、生涯に渡り、その御製を、胸に、掲げていたという。
肌身離さず、御製を抱いていた。

武士には、武力があるが、権威が無い。
そこで、無形の権威ある、天皇の名の下に、大義名分を欲した。

会津藩を打つために、薩長は、錦の御旗を作ったほどである。
そして、容保が、降参したのも、仙台藩の、王氏に逆らうのは、末代までの、恥であると、説得されてである。

それが、民族の、知恵であると、看破したのは、見事である。

戦をしないように、殺しあわないように・・・

ただ、平清盛のように、一時的に、上皇を追放するという、暴挙に出た、傲慢なものもいる。

驕れる平氏は、矢張り、滅んだ。

源頼朝も、天皇から、官位を頂いて、鎌倉幕府を開いた。

日本には、そういう、伝統と、知恵がある。

大化の改新の前に、丁度、舒明天皇の時代である。
蘇我氏の勢力と、今風に言えば、連立政権を、天皇家、大王家が結んでいた。

しかし、蘇我入鹿の、目に余る、暴挙を見て、このままでは、大和の国が、蘇我王朝になると、舒明天皇の、皇子である、後の、天智天皇が、立ち上がって、大化の改新を遂げた。

天智天皇は、天皇家の、中興の祖であると、いってもよい。

そして、天武天皇により、天皇家の、位置が、更に確定する。
だが、それで、納得しては、いけない。

天皇家の、地位の確定は、その以前にある。

少し、話は、変わるが、天皇家が、常に、イギリスの王室と、比べられたり、そこに、学べという、勘違いする者たちがいる。

全く、イギリス王室と、天皇家は、異質である。
その、歴史は、滅茶苦茶である。
更に、彼らは、海賊から、成り上がった、王様である。
つまり、地主の、親玉である。

成り立ちが、全く違う。

イギリス王室は、いくらでも、庶民的になってもよいが、天皇家は、庶民的になる必要は無い。

タイでは、ウィリアム王子の、裸体の写真が、出回るほどだ。
それほど、あちらの王室というものは、天皇家とは、異質過ぎる。

園遊会などで、高齢の昭和天皇が、各界の著名人たちと、言葉を交わすのを、見るたびに、何故、このような、馬鹿下駄ことをするのかと、いつも、思った。

天皇陛下は、そんな必要は無い。
ただでさえ、天皇の、一日は、忙しいのである。
つまり、朝から、国と、国民のための、祈りを、御行為される。

特に、昭和天皇から、それが、多くなったという。

御簾の向こうから、その御声が、洩れ聞こえるだけで、よい存在である。




posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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