2010年08月03日

天皇陛下について 3

昭和天皇である、裕仁親王が、初等科五年生のときである。

七月十九日、昼、明治天皇は、皇后と食事をしている時に、突然、テーブルの上に、倒れた。

六十になる、明治天皇は、糖尿病を患い、節制された生活を送っていた。
急に、訪れた、変調に、検査を繰りかえと、腎臓病に、尿毒症を併発していた。

病勢は、悪化し、二十九日、夜、崩御された。

即座に、皇太子、嘉仁親王が、大正天皇となる、践その儀が、行われた。
同時に、裕仁親王は、皇太子になられた。

明治45年は、大正元年と、改められた。

御大葬の儀は、九月十三日である。
その前日、裕仁親王の、教育係りであり、学習院長の乃木大将は、
殿下のご勉学に、もう私は必要ではございません。しかし、私はいつも殿下と、日本の幸福を祈り、見守っております。
と、述べた。

乃木大将は、十一歳の、裕仁親王が、陸海軍の少尉に就任された、お祝いに、東宮御所を訪れ、山鹿素行の、中朝史実と、中興鑑言の、二冊の、書籍を献上している。

乃木大将の、態度に、いつもにない、暗い影を、裕仁親王も気づかれたようである。

御大葬の日、乃木大将は、自宅二階の居間で、静子婦人と共に、自決したのである。

うつし世を 神さりましし 大君の みあとしたひて 我はゆくなり 希典

出でまして 還ります日の なしときく きようの御幸に あふぞ悲しき 静子

明治天皇と、乃木大将の、死は、明治という時代の終焉であり、新たな時代の、幕開けとなる。

GHQによる、大日本帝国解体作業の中で、最も、大きな変革を迫られたのは、軍隊と、天皇家であった。

旧体制は、壊滅的な打撃を受けて、華族廃止、財産税、農地解放、公職追放令などなど、矢継ぎ早に、打ち出された法令により、国民はもとより、国の支配層の人たちも、動揺が大きかった。

その中にあり、天皇制というものは、存続した。

天皇制というのは、何か・・・
この、言い方も、西欧の言い方である。

天皇制という、制度と、捉えている。

私は、天皇制という、制度は、日本には、無いと、考えている。
これは、私の、長い、古代史研究と、天皇陛下に関する、検証による。

戦後の、デモクラシーの時代、身分制度が消滅し、自由と平等が、謳歌された。
それは、とても、良いことだった。
国民に、自由と、平等の精神が、養われることは、理想である。

しかし、歴史家たちは、怠慢であり、そのように、分析するが、身分制度がなくなったのであり、身分は、厳然として、存在した。
今も、である。

更に、戦前の、軍人、政治家が、天皇の名の元に、自己の正当化を図り、とうてい、考えられない、分不相応な態度を、取っていたことは、事実である。

とても、信じられない、時代が、戦前である。
彼らは、天皇の存在の、意味を知らない。
それが、悲劇を生んだ。

簡単に言えば、彼らは、天皇も、人間だという、単細胞的、思考能力である。
天皇も、人間であるが、天皇という、立場が、歴史上に、どのような、意味を持つものかを、忘れた。

それほど、軍人や、政治家が、アホになっていた時代が、戦前である。
更に、戦中も、である。

民主化という、耳障りの良い言葉によって、天皇家の、防壁を、すべて取り払った罪は、重い。

どのような、政治形態でも、日本の天皇は、存在するのである。

それは、これを、読み続ければ、解る。

さて、敗戦時、宮家は、14家存在した。
それが、昭和21年5月に、総司令部が、宮家の特権を剥奪する、指令を出した。

残ったのは、秩父、高松、三笠の、三宮家である。

11の、宮家は、臣籍降下である。

更に、華族は、皇室の藩屏と、呼ばれていた。
皇室の守護に当たるという意味である。

華族といっても、色々な、立場がある。しかし、説明は、省略する。

更に、宮内省は、宮内庁に、格下げされた。
宮内大臣も、内大臣も、廃止された。
戦前、戦中、天皇を、輔弼した、枢密顧問官などの、重臣制も、消滅した。

明治政府は、旧幕藩勢力の残滓を一掃するために、天皇を維新以前より、遥かに、神格化する必要を感じて、それが、意図的に行われた。

これは、天皇の意思ではなく、明治政府、政治家の、意思である。

マッカーサーの、作業は、この、神格化した、天皇の、否定である。
人間であるという、もの。
単なる、人間の一人。

彼らは、日本の歴史を知らない。天皇の存在の意味を知らない。知るはずがない。
アメリカは、原住民である、インディアンを、皆殺しにして、建国した国である。
歴史など、理解できるはずが無い。

当時、皇室民主化という、言葉が、生まれたというが、全く、意味不明である。

今では、開かれた皇室などと、マスコミが、表現するが、彼らは、その意味さえ、知らないで、国民に迎合するようである。

つまり、あまりに、歴史を知らない。そして、それを、教える者がいないのである。

もう一つ、おまけにいう。
象徴という言葉である。

これを、正しく、明確に、説明出来る人がいるのか。

日本国の、象徴であると、私も、便宜上使用するが、それは、とても、意味を考えると、困難なことである。

国旗も、国の、象徴である。
天皇は、国旗と、同じように、象徴ではない。

天皇は、国の頭、かしら、である。
それは、富士王朝の、高天原府の時から、大政頭、おおまつりごとかしら、である。

その下に、政頭、まつりごとかしら、が、いたのである。

それから、何も、変わっていないのが、日本の歴史である。

つまり、西欧の言葉を使えば、元首である。

いや、私は、矢張り、国体と、いう方が、合っている。



posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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