2010年08月03日

あらっネグロス島へ 3

憲法には、政教分離という、言葉はない。

それでは、どこから、その言葉が出るのか。

国の宗教的活動などを禁止した、憲法20条と、宗教団体への公金支出を禁止した、憲法82条の、前段を総称して、政教分離と、呼んでいる。

それが、強固になったのは、日本のアホな、憲法学者たちの、説である。
何も、知らない彼らは、厳格分離説を、掲げた。

国民大多数の常識、世界的常識と、かけ離れた、厳格分離説である。

完全に、国家と、宗教を、切り離して考えると、その混乱は、甚だしい。

一つの例は、国宝、重要文化財に指定される、神社、仏閣、その宗教的文化財に対する、補助金の支出は、一切出来ないのである。

刑務所に、収監されている、受刑者に対する、教戒師の活動も出来ないのである。

お分かりか。
憲法学者の、不勉強振り・・・

更に、学者たちは、日本の伝統的、心情である、たゆたふ心、あはれ、なる心というものも、知らない。

地鎮祭で、町から、市から、お礼のお金を渡すことは、政教分離に反するという、偏狭な、考え方・・・呆れる。
それが、伝統であるという、お勉強をしていないのである。

何よりも、日本は、伝統の国である。

それは、宗教などを、飛び越えている。
世界に、その伝統を、有する国は、日本のみである。

さらに、言う。

ミッションスクール、仏教、神道系の、私立学校への、公費助成は、どうする。
それも、政教分離に反することになるのである。

憲法89条には、公の支配に属さない私立学校への、助成を禁止し、宗教団体に対する、公金の支出も、禁止されている。

さあ・・・どうする。

宗教系私立学校は、学校法人であるが、その母体は、各種の宗教団体である。

そこでは、宗教家が、養成されたり、宗教教育も、されている。

さあ、どうする・・・

さながら、イスラム圏の国のような、考え方が、厳格分離論者である。

その癖、上記に上げたようなことは、合憲だとする。

イカレている。
それに、追従する、アホなマスコミ、政治家、官僚・・・・
全く、知らない。事の真相を知らない。

いつも、真実というものが、犠牲になるのである。

教育を受ける権利の保障、私学振興の必要性・・・などを、理由に、合憲とするというから、笑う。

政教分離についての、古典的著作がある。
ジョン・ロックの、寛容についての書簡、である。

第一に、政治と、宗教は、その任務、役割において、明確に区別されなければならない。何故なら、政治は、世俗的事項にのみ関わるのに対して、宗教は、魂の救済を目的とする。

第二に、政治の担い手である、国家と、宗教の担い手である、教会は、区別され、組織的にも、分離されなければならない。

第三に、政治と、宗教は、互いに、その役割を尊重しなければならず、互いの領域に介入したり、干渉したりしては、ならない。

これは、広義の意味の、政教分離である。

公明党などは、これに、全く違反していることになる。

更に、時代は、新しい世紀は、宗教を必要としない、時代になるから、自然、問題は、解決に向かう。
とは、言え、宗教という、商売は、止められないから、宗教団体は、続く。

特に、日本の場合は、政治と、宗教とは、一緒に活動しているようなもの、である。
宗教団体の、政治活動を見てみるとよい。

吐き気がする。

商売であり、政治的であり、どこに、魂の問題の、更に、魂の救済などあるか・・・

誰も、宗教家は、一人として、宗教的ではない。

政治が、宗教の役割を尊重し、宗教も、政治の役割を、尊重する。
誰が・・・それが、出来るのか。

そんな、上等な人間は、いないだろう・・・

政治の宗教への介入が禁止される。更に、宗教の政治的権力の行使を禁止する。
それが理想である。

創価学会、幸福の科学等々は、憲法違反となる。

とまあーーー

もう少し、よく考えてみることだ・・・・

ちなみに、専門家は、狭義説、限定説、広義説色々上げている。

私は言う。
伝統行為の前に、宗教は、飛ぶ、散る。

戦争犠牲者への、追悼慰霊は、靖国神社という、伝統が、存在するという、ことである。

神社に、拘りがあるなら、靖国のお宮でいい。
それでも、駄目になら、靖国さん、でいい。

それでも、駄目なら、兵隊さんの、お家でもいい。

靖国神社が、宗教法人なのは、アメリカ占領軍の、指示である。
本来は、宗教法人ではない。

森の鎮守の神様と、同じ。
誰のものかも、解らないが、昔から、やっていたから、ねーーーである。




posted by 天山 at 00:00| 千鳥ヶ淵、靖国神社へ 平成22年8月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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