2010年08月02日

天皇陛下について 2

普段の生活の中で、天皇という存在を、思うことはない。
私も、毎日、天皇陛下を思うということは、ないし、必要ない。

ところが、国事に関わること、国難に関わる時に、天皇を思う。
陛下は、どのように、考えておられるのだろうか・・・

最も、天皇を意識したのは、昭和天皇崩御の際である。

葬送の儀の日は、街が、静まり、森閑としていた。
私は、舞踊教室で、弟子たちと、踊っていた。

昭和天皇のことは、断片的に知るだけである。

それほどの、関心を寄せなかった。
その頃は、自分の生活を、立てるということで、闇雲に突っ走っていた。

ただ、時々、国体などの行事に、今上天皇が、お出ましになられて、お言葉を、述べられるのを聞いた。
そして、ある時から、天皇のお言葉に、興味を持つようになった。

公式の、天皇のお言葉に、必ず、ある言葉があった。
それが、先の大戦で、亡くなられた、320万人の皆さんの・・・である。

更に、天皇の、お言葉を、保存するようになった。

そこに、一環して、流れる、天皇陛下の、先の大戦で、亡くなった、皆さんのことに、私は、惹かれた。

天皇陛下の、生活は、私には、窺い知れないものである。

朝から、寝るまで、天皇は、公的存在であるというのは、どういうことであるのか。
そして、その精神と、心は、どうなのか。

もし、私の、一日が、公的なものだとしたら、私は、狂うと、思う。

昭和天皇は、風呂上りも、スーツを着られて、正装されていたという。
私のように、裸同然で、部屋を歩き回るようなことは、ない。
何と、不自由な生活か・・・

時には、酒を飲んで、二日酔いするようなことは、ない。
殿上人という言葉があるが、天皇は、それであるのか・・・

もう一つの、疑問は、天皇は、汗をかかない。
映像で、汗を拭いているところを、見たことがない。

そして、もう一つの、疑問は、神社などの、神域に入り、その礼拝の様子が、違う。
拍手を打つことはない。

ただ、一礼するのみ。

様々な、儀式を、すべて見ることは、出来ないが、古式に則り、行われているということは、理解する。

だが、何故、古式に則り、今も、その儀式を続けておられるのか。

昭和天皇は、あれほどの、試練を受けられても、報道の質問に、淡々として、時には、笑い声さえ、記者が立てるほどの、健やかさがあった。

その、昭和天皇が、特に、訪問したかった、場所が、沖縄であった。
その願い叶わず、崩御された。

沖縄に対する、深い思いを、私が、考えた事がある。
それは、沖縄戦を調べていてである。

その、地上戦の、凄まじさは、言葉にならない。
犠牲となった・・・

更に、敗戦後は、アメリカのものになった。
昭和天皇は、沖縄を、本土のために、犠牲にしたことは、本人が認めている。

そして、広島、長崎への、原爆投下である。

御前会議が、開かれた。
戦争終結に、誰も、声を上げることができない。

陛下・・・

今まで、天皇は、政治家、軍人の、決定を、承認するという、手続きである。
ご自分の、発言は、一切無い。
そして、それが、伝統だった。

私が、調べたところでは、大和朝廷以前の、ころからである。

その話は、壮大なドラマであり、追々と書くことにする。

昭和天皇は、戦争終結を決定された。

聖断といわれる。

国民皆、玉砕という、考え方があった。
要するに、すべて、壊滅。国民の一人も、いなくなるまで、戦うというものである。

だが、昭和天皇は、それを、支持しなかった。
皇祖皇宗からの、この、日の本の国を、壊滅させることは、出来ない。

伝統。

この、伝統を、すべて、無きものにすることは、到底出来ることではない。

天皇陛下は、国体であると、考えられた。
つまり、国、そのものである。

国、そのものである、存在、天皇は、戦争終結を、ご決断された。

そして、日本は、救われた。

天皇が、はじめて、決められた、決定である。
誰も、戦争終結を、決定することが、出来なかった。



posted by 天山 at 00:00| 天皇陛下について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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