2010年07月21日

メーソートへ 7

カレン族と、共に戦った、日本人三名が、奉られる、自由戦士の碑に、向かった。
大きな道路に出た時、小雨が降ってきた。
ということは、スコールか・・・

スコールになれば、一時間ほどは、外に出られない。
困ったと、思った。

車は、ミャンマー国境の、ミャワディー川に、向かっているという。
戦場であった、その前に、碑を建てたのだ。

ある寺の前に来た。
その前に、慰霊碑がある。
まだ、小雨である。

車から降りて、私は、即座に、慰霊の儀を執り行う。
スコールが来ても、続けるつもりだった。

神呼びを、行い、祝詞を献上する。
神呼びで、空を見上げて、太陽の位置を、確認した。
その時、何と、雲間から、薄く、太陽の光である。

ああ、いつものことだ。

そして、雨も止んだ。

長い祝詞である。
最後に、お送りの、音霊による、霊位の自由を求める、所作である。
そして、清め祓いをする。

私の力ではない。
皇祖皇宗、天津神、国津神、八百万の神、そして、地場の、産土の神の、力である。

早々に、終わり、平倉さんから、説明を受けた。

一人は、戦死である。
味方の兵を助けるために、敵の、陣地へ向かい、味方の兵を、連れてきたとき、砲弾を受けた。四日間生きていたが、息を引き取った。
そして、二人は、マラリアによる、死である。

砲弾で亡くなった方は、青森県出身の若者である。

次に、川に向かい、平倉さんが、目の前を指して、こちらが、カレン族部隊、川の向こうの、小高い山が、ミャンマー軍の基地だったという。

この川、すぐ渡れそうですね
と、私がいうと、
ええ、昔は、よく渡っていましたよ
と、答える。

ミャンマーが、目の前である。
確かに、小船でも、泳いでも、渡れる。

そのうちに、空の雲が、薄くなる。
雨がすっかり、上がった。スコールは、来なかった。

コータに、御幣を川に、流してもらう。

どうだった
一二三で、沈んだ
ああ、そう

流れても、沈んでも、いい。
私の祈りが、通じれば・・・

川の流れを見詰めつつ、平倉さんの話を、聞いた。

ミャンマー軍事政権の、横暴さと、少数民族に対する対応などなど・・・

本当に、どうしようもない国ですよ

要するに、国民を敵と、想定しているのである。
特に、独立を目指して、戦った、カレン族に象徴される、差別と、弾圧は、非寛容である。
時々、政治犯として、捕らえて、10年以上も、刑務所に、監禁し、日常的に暴力を加える。大半の人が、障害者になるという。

人権などという、意識は、無い。

その、ミャンマーを支援し続けるのが、中国である。
更に、最新の情報では、ミャンマーで、商売をするためには、中国語が、必要不可欠だという。
どういうことか。
経済活動が、中国人に乗っ取られているということだ。

私は、個人的に、中国人に、恨みなどはないが、あの、民族は、他国に、入り込んで、その国の、システムを、滅茶苦茶するのである。

更に、軍事政権の幹部たちを、抱き込めば、好き勝手のし放題である。

私が、ヤンゴンに出掛けたときに、頻繁に停電が起こったが、あれも、意図的なものだったという。
今も、そうである。
ヤンゴンの都市機能を、麻痺させる。

国が、最大の都市を、壊滅させるという、神経は、ただ事ではない。
要するに、支配しやすくするのである。

今回、国境が、閉じられた。
選挙のための、政情不安を、外国人たちに、見られたくない。
更に、私のように、政権を批判する、文書を書いて欲しくない。

すべて、ベールの中に、包み込んでしまいたいのである。

メーソートの町に、どんどんと、少数民族が、入ってくる。というより、逃れて、やってくるのである。
勿論、着の身着のままである。

これは、他人の、他国の問題であり、関係ないこと・・・
そう思えば、思える。
私は、追悼慰霊をするために、皆さんと、縁して、支援をしている。
だが、そこから、国際社会というものを、見る目を養った。

人は今、アメリカの衰退をいい、中国の台頭をいう。
だが、一瞬身たりとも、停止していない。
動いている。

同じ状態は、続かない。

中野さんの、奥様が、私の知り合いの、幼児を預かる、孤児たちの家に、行きましょうと、誘う。
是非、御願いします。




posted by 天山 at 00:00| メーソートへ 平成22年7月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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