2010年07月15日

奇跡の旅・ビアク島へ 追加2

一体、インドネシアで、何が行われていたのか。

1965年以降、豊富なインドネシア資源の、掠奪が、大規模にはじめられた。
その後の、スハルト独裁時代、米英豪日は、インドネシアを外交的、経済的、軍事的に、支援し続けた。

特に、日本は、インドネシアの最大の、スポンサーである。
アメリカは、最大の、武器、軍事援助を提供した。

1975年、インドネシアによる、東ティモール侵略と、その後の不法占領は、アメリカの、フォードと、キッシンジャーが、ゴーサインを出していた。

インドネシア軍は、即座に、東ティモール全面侵略を開始するのである。

国連、国際法では、インドネシアの、不法占領は、一度も、認められていない。
しかし、実質的には、日本をはじめ、米英豪などの政府は、それを、認めていた。

1999年、米英豪各国は、東ティモールの自決権行使を支持し、インドネシアに対立することは、全くなかった。
国連合意の、枠組みで、不法侵略者であり、東ティモール人に、拷問、強姦、強制失踪を加え、人口の三分の一になる、20万人の人々を、虐殺してきた、インドネシア治安当局に、住民投票の「治安維持」の役割を与えた。

更に、驚くべきことは、オーストラリアと、インドネシアは、共謀し、本来、東ティモールの経済水域に属する、海底油田、ガス田を掠奪してきたことである。
その時は、互いに、50パーセントの配分である。

東ティモール独立後は、オーストラリアが、10パーセントで、ティモールが、90パーセントになった。

しかし、実際は、100パーセント、ティモールのものである。
オーストラリアの、横暴は、見るに見かねる。
どれほど、インドネシアと、共謀して、多くの利益を生み出しているか。

実は、ティモールだけではない。
これが、ニューギニアにもいえるのである。
しかし、今回は、それらは、省略する。

さて、ビアク島に戻ると、その東ティモールの独立を阻止するための、予行演習を、ビアク島で、行ったといわれる、インドネシア警察と、軍である。

日本は、インドネシア、最大の、支援国だ。
その、日本が、それらに対して、何の、意見もなく、ただ、為すがままにしていたという、怠慢である。

また、オーストラリアも、そんな、国際的な、暴力を、公開することもなく、ただ、黙って、流していたことである。

横暴も、極まれり、である。

インドネシアは、スマトラ島の、アチェに代表されるように、独立の気運の高い、地域が、多い。
しかし、それらに対する、見せしめともいうべき、行為を、ビアク島で行い。今では、パプアは、独立の、どの字も出ない状態に、落とされたのである。

ただし、怨念は、消えない。

インドネシアは、軍事政権である。
更に、イスラムによる、独裁国家であると、いってもよい。

私が、泊まった、ビアク島のホテルの主人は、イスラムですかと、尋ねると、ブディストであると、言い、更に、加えて、この島は、どんな宗教でも、受け入れていると、言った。

つまり、宗教による、争いは無い。
それは、また、つまり、それ以上に、国との、戦いという、潜在的な意識があると、感じた。

インドネシアの各地には、宗教対立が、激しい場所が多々ある。

インドネシア領の、ティモールでは、イスラムと、キリスト教の対立が、激しく、互いに殺し合うことが、当たり前になっている、地域もある。

更に、驚くべきは、キリスト教の、新興宗教が、布教をはじめて、キリスト教同士の、争いも、始まっているという。

呆れる。
一体、彼らは、信仰による、平和を求めるのではなく、信仰による、戦いを、求めるようである。

インドネシアは、その政治批判に対して、非常に、厳罰的である。
世界には、知られていないが、矢張り、独裁国家の面目である。

ただ、個人としての、インドネシア人は、日本人に対して、非常に、親日的である。
更に、日本は、仏教の国という、イメージがあるが、それも、大した問題ではない。

空港で、話した、おじさんは、日本との関係を、兄弟だと言うほどである。

そして、戦時中に、インドネシア人も、多く、日本軍によって、使役させられたが、独立戦争を戦った、日本兵の存在によって、その憎しみが、消された。

様々な、複雑な問題を、抱えているが、個人と、個人として、相対したときは、人間としての、付き合いが出来る。

インドネシアは、世界最大の、イスラムの国であるが、地方に行くと、少しばかり、雰囲気が違う。

例えば、パダンに出掛けた時に、若い女性は、自由を語る。
イスラムの、服装は、しない。
それぞれ、自由であると、考える風潮が出来つつある。

更に、イスラムでも、それぞれの土地に伝わる、伝統的行事は、そのまま、受け継がれている。

原理主義的、イスラム教徒も多いが、そのように、緩やかな、イスラム教徒も、出現しているのである。

ただ、地域により、宗教指導者により、抑圧されている地域もあることは、確かである。

私は、これからも、インドネシアに出掛けて、戦争犠牲者の追悼慰霊を、行う。そして、その、ついでに、衣服支援を、行う。

ただ、それだけである。

社会、共産主義国と同じように、政府の批判は、ご法度である。
独裁政権というものは、どこも、同じである。

更に、それらの政権の、特徴は、政府関係者のみが、豊かであるということだ。
それ以外の、国民は、生かさず、殺さず・・・である。

日本の歴史から、見ると、徳川幕府の、農民の政策と同じである。
生かさず、殺さず、である。

更に、日本の軍事政権のときと同じである。

そして、最も、嫌悪すべきは、宗教である。
その政権は、宗教を、人々の、不幸の捌け口にする。
信仰は、現実逃避となる。

ちなみに、アメリカも、キリスト教により、現実逃避をもくろむ。
信仰に生きていれば、何とかなるのである。
そこに、原理主義が、生まれる。

黒人の奴隷たちが、ゴスペルを歌い、その不幸を、乗り切ろうとしたのに、似る。
宗教は、決して、人間を、その現実から、救わない。
救えないのである。

唯一、救いがあるとしたなら、それは、進化である。
政治的進化、倫理的進化・・・

私は、倫理進化学に、期待する。
更に、文化人類学である。
そして、それぞれの、民族の、伝統回帰である。
伝統にある、宗教的なものは、宗教ではない。
伝統は、宗教を内包するが、それは、儀式、所作としてあるもので、十分である。

それが、期待できる国がある。
日本である。
伝統を象徴する、天皇の存在があり、その歴史的意義は、深い。
更に、民族としての、伝統を明確に有する。

宗教から、生まれた、社会・共産主義は、進化しない。
それらは、対立と、不幸を生み出すだけである。

伝統などは、明確に出来ないと、識者がいうが、それは、彼が、それを、知らないからである。
知らないものは、無いものである。

私は言う。
日本の伝統とは、唯一、無私の天皇が、存在し、歌道があり、民族の心象風景である、もののあはれ、という、心情がある。

すべてが、それに行き着く。
今は、ただ、忘れているだけである。




posted by 天山 at 00:00| 奇跡の旅ビアク島へ 平成22年6月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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