2010年06月19日

ラオス・ビエンチャンの醒めない眠り 5

前回、ラオスの、ルアンパバーンに出掛けた、旅日記で、ラオスの歴史に触れた。

今回は、その政治と、経済に触れる。
そして、何故、今回の、旅日記の題が、ビエンチャン、醒めない眠り、と、したかについて、書く。

ラオスの、人口は、おおよそ600万人である。
内陸山岳国として、経済的に、実に不利な位置にある。
経済発展は、短期的には、望めない国なのである。

フランス植民地を経て、1975年、人民民主共和国建国以来、ラオス人民革命党の、一党独裁体制である。

それは、ベトナム共産党と同じく、インドシナ共産党から、派生したものである。

80年代の、半ば、ソ連、ベトナムなどの、社会主義改革の波が、ラオスにも、起こる。

当時の、カイソーン大統領が、経済、政治、文化の、自由化を進める、「新思考」なる、政策指針を、打ち出した。

経済面では、市場経済への移行を柱に、改革、開放政策を、推進する。

ただし、国の、実際の、政治を動かすのは、55名の、党中央委員であり、中でも、11名の、政治局員が、内政の重要ポストを、兼務する。

立法機関は、一院制である。
国民会議に委ねられる。しかし、選挙は、選挙区ごとの、直接投票で、それが、秘密投票で、行われるという。

この、国民会議が、憲法の承認と、修正、正副大統領の選出、首相の承認、社会経済発展計画などの、重要な決定を行う。

一党独裁という、政治体制と、市場経済というのは、実に、矛盾するのである。

更に、ラオスには、誇るべき、伝統ある、歴史がない。
勿論、今は、ラーンサーン王国の、建国者であった、ファーグム王の、偉業を讃えて、人民革命党や、封建制から、現在の国家を築いた点を、高揚させて、その王国と、党を結びつける、キャンペーンがなされている。

神話も、伝統もない国は、国民を一つに、まとめることが出来ないという、良い例である。

更に、フランス植民地時代に、真っ当な教育制度を、敷かなかったゆえに、今でも、教育制度は、整わない。
それは、また、少数民族の多さにも、原因がある。

ラオス政府の公式の、民族の数は、49であるが、実際は、まだ多い。

言葉の、統一もされていないのである。
ラオス語での、授業についていけず、学校に行かない子供たちも多い。

人口の、80パーセントが、農山部に住む。
首都の、ビエンチャンは、それらに比べて、実に豊かである。
格差が、実に、甚だしい。

平たく言えば、首都を中心にした、政府、つまり、独裁政権の周囲は、豊かであるが、その他大勢は、実に貧しく、教育も、行き届かないということである。

更に、驚くべきは、2001年の、第七回党大会で、削除していた、マルクス・レーニン主義用語を復活させたという。
イデオロギー路線に、回帰するというのである。

まさに、時代と、逆行しているのである。

一党独裁という、体制は、北朝鮮、ミャンマーに、続く。
激しい様子には、見えないが、矢張り、その弊害は、多くの国民に、帰する。

その証拠は、ビエンチャンの生活水準は、突出して高く、次に、県庁所在地のある、都市である。
それ以外の、農村地帯は、呆れるほど、貧しい。

更に、この地域格差が、拡大しているのである。

つまり、中国共産党のように、共産党幹部に、まつわる人々は、実に、経済的に、豊かでいられる状態が、ラオスにも、見えるのである。

金の流れを知る政府関係者に、つらなる者たちが、良い生活をしている。

首都ビエンチャンは、まさに、それを見せ付ける。

国民国家の、意識が希薄であり、国が、一部の人たちのものになっているのである。

そして、その眠りから、醒めることがない。
醒めようと、しないのである。

観光産業にも、力を入れている。
多くは、欧米人たちが、押し寄せている。

私が、市内の孤児たちの家に、出掛けての、対応は、ミャンマー並の、状態である。
ただし、頭隠して、尻隠さず。

私は、四泊の予定で、ビエンチャンに入ったが、二泊で、タイに、戻ることにした。
昼間のバス停で、見たものは、乞食である。
障害者、知的障害者の乞食たちである。

ストリートチルドレンは、隠すが、それらを、隠さない。
頭だけを、隠しているのである。

ビエンチャンの市内は、静かである。
人が少ない。
その、少ない人たちが、国の大半の、予算を享受する。

私は、更に、メコン川沿いに、立てられる中国系の建物の看板を見て、この政府は、ラオスは、中国に、身売りすると、感じた。

ベトナムからの支援よりも、中国からの、支援が多くなる。
つまり、安穏として、暮らしたい、一党独裁に、連なる人々は、それでいいのである。

国を、造るという、意欲に欠ける。
それは、今までの、他国に依存した、そのままである。

ビエンチャンには、二度と、来ないと、思った。

気概が感じられない。

ラオスの誇りというものが、皆無である。

ルアンパバーンに出掛けたときは、少なくても、ラオスであるという、誇りと、意欲が、感じられた。
ここには、それが無い。感じられない。

2000年前後に、小規模な、反政府的事件が起きた。
すかさず、引き締めが、随所に見られたという。

要するに、緩やかな、言論統制であり、独裁である。
世界が、どの方向に進んでいるのかを、知らない。
知っても、平然としているのか。

つまり、私には、醒めない眠り、と、見えたのである。




×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。