2010年03月23日

バリ島は静かに死ぬ 9

今回の、バリ島滞在、一週間は、ホテルを変えることは、なかった。
すべて、ホテルから車で、出掛けることが出来たのである。

それゆえ、嫌でも、その辺りの道を、何度も歩くことになる。

そこで、本当に嫌になるほど、声を掛けられた。
いつものことであるが、何処行くの、何を探しているの、タクシーは、両替は、ありがとうー、などなど、声を掛けられる。
皆、日本語である。

そうして、気づいたことは、彼らは、日本人を、馬鹿にしているということである。
勿論、商売の、勧誘のためでもあるが、基本的に、日本人観光客を、馬鹿にしているのである。

どうして、そうなったかのか・・・

それは、多くの日本人観光客が、騙されるからである。

レギャン通り沿いの、飲食店は、料金が、数倍、時には、10倍以上も、高い。
しかし、短期日本人旅行者は、知らずに、それでも、安いと、飲食するのである。

ところが、小路を入ると、それより、はるかに安い料金で、飲食が、出来る。
日本人は、格好のカモなのである。

言いなりになる、日本人である。

そして、それは、間違いではない。
短期の、観光旅行では、いたしかたないのである。
だが、通りにたむろする、アホな勧誘者は、はなから、馬鹿にして、日本人を相手にする。

一度、バリ島に観光に訪れた人が、二度三度、来ることは、あっても、それでも、数は少ない。
バリ島旅行の、リピーターは、勘違いをして、バリ島に、憧れているだけである。
その本当の姿を知れば、二度と、バリ島には、訪れないはずである。

汚い、臭い、煩いのである。
更に、日本人の口に合うような、バリ島の料理は、皆無である。

今では、バリ島の代表料理になっている、ナシチャンプルという、炒めご飯と、色々な取り合わせの、料理も、不味いのである。
バリ島だから、食べられる程度である。

油と、味付けの濃さには、うんざりする。

食欲のない時は、スープヌードルにしか、救いはない。
それも、麺は、日本のインスタント面と、同じである。

それではと、日本料理店に行く。
すると、その料金に、驚く。
足元を見て、値段をつけているような、気がする。
税金も、店によって、まちまちである。

私たちは、最後は、パダン料理に、救いを見出した。
辛い料理であるが、素材の味が、そのままで、楽しめた。

クタ、レギャンの、観光地は、バリ人が少なく、ジャワや、ロンボクの人たちが、多いと、言われる。しかし、バリ人も、矢張り、多い。

稼ぐことが、出来る観光地に、人が集うのは、当たり前である。
しかし、バリ人は、良い人、他から来た人は、悪い人という、単純な見方は、出来ない。

バリ島崇拝者は、それを、言うが、違う。
バリ人も、悪い人は、大勢いる。
そして、バリ島は、それらの人たちによって、静かに、死んでゆくのである。

自然も、文化も、結局は、人に尽きる。
人が、どうあるかということが、すべての、問題である。

このまま、バリ島が、アホのままで、続いたら、バリ島は、飽きられて、捨てられる。

要するに、観光を主にする、バリ島は、死ぬのである。

そして、その後に、残るものは、ゴミと、退廃である。

一度、観光で、良い思いをした人たちは、それを、忘れられない。

更に、問題は、バリ島の問題意識である。
それが、皆無である。
それほど、意識が低い。

貧乏人の、浅はかな、行為が、命取りになる。

どだけの、日本人女性が、騙されて、結婚したか。
それは、ジャワでも、ロンボクの男たちではない。バリ島の男たちである。

騙すことが、仕事である彼らは、結婚も、騙している。
カーストの低い者が、日本人女性を、騙して、結婚して、少しでも、良い暮らしを立てるという、都合の良い、考えは、もはや、通用しない。

と言っても、まだ、騙されたい、馬鹿な、日本の女たちが、いる。

いずれは、解ることだと、気づかないほど、バリ島の、男たちは、アホなのである。

何度も言うが、バリ島の男と、結婚した、日本の女は、不幸になるのである。

何故なら、バリ島には、結局、何も無いからである。
その文化も、何もかも、バリ島自身から、出ているものではない。
すべて、迎合である。

観光客に、迎合して、出来上がったものである。
更に、その文化の、仕掛け人は、外国人である。

勿論、インドネシアの中の、バリ島は、異質の文化を有する。
イスラム国家には、無い、バリヒンドゥーという、文化を擁する。
だが、それも、極めて行けば、今も、それを、形作る行為が、続けられているという。つまり、バリ島は、作られているのである。
作られ続けているのである。

伝統として、機能するのは、まだまだ、時間がかかる。
観光客が、見る、バリ島の伝統文化というものは、つい、先ごろ出来たものである。

私は、バリ島の自然が、好きだ。
街を離れて、自然の中に、身を置くと、実に、幸福を感じる。
だが、それと、バリ島の、現状は別である。

インドネシア政府は、観光地として、認知したのであれば、バリ島の、自然を守る、法整備と、行政の、働きが必要である。

まず、第一に、ゴミ問題に、取り組むべきである。

そして、上下水道の整備である。
水道から出る水は、茶色い。
雨が降ると、下水道は、溢れる。

だが、インドネシア政府に、期待することは、期待はずれになるようである。
賄賂と、搾取の多い政治家たちである。
更に、軍事政権下にある。

最大の、支援国日本の援助が、無ければ、成り立たない国である。

インドネシアという国にある、バリ島という場所を、考えると、そのような結論に達するのである。

インドネシアは、二万からなる、島国である。
バリ島以外にも、多くの島がある。

新しい、バリ島に変わる島が、出来るかもしれない。
それは、時間の問題である。

そうして、バリ島は、静かに、死ぬのである。
また、そうして、バリ島は、静寂を取り戻し、本来のバリ島を、回復するのである。

私は、それを、願う。



posted by 天山 at 00:00| バリ島は静かに死ぬ 平成22年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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