2010年03月17日

バリ島は静かに死ぬ 3

バリ島に、到着した、翌日、兎も角、テロ犠牲者慰霊碑に向かった。

二度目の、慰霊である。

ところが、前回は、内陣に入ることが出来たが、今回は、その周囲の鉄の扉が、締まっている。中に入ることが、出来ないのである。
私たちは、仕方なく、慰霊碑の正面の外から、慰霊の儀を、執り行った。

バリ島に、出掛ける、一ヶ月ほど前に、ジャカルタの、アメリカ大使館から、バリ島に、テロの危険性ありとの、声明が出されていた。
そのせいかもしれなかった。

だが、滞在中も、帰国後も、テロは、無い。
滞在中に、ヌサドア沖で、震度6の、地震が発生したのみ。

地震は、深夜発生した。
その予兆は、私と、コータが、大喧嘩したことである。
互いに、苛立ちが、酷かった。

また、後で書くことにする。

昼前の、慰霊で、人は少なかった。
ただ、私たちの、行為を、幾人かの人たちが、見守っていた。

日の丸を掲げていたので、興味を持ったのかもしれない。

そのまま、ホテル付近に戻り、地元のレストランで、食事をする。

クタの通りの店よりは、随分と安い料金である。
例えば、ジュース類は、5000ルピアである。通りの、店だと、38000ルピアとなる。

短期ツアーの観光客は、中小路まで、入らないから、通りの店を利用する。
50円と、380円の違いは、大きい。

更に、地元の食堂だと、もっと、安い。
パダン料理の食堂だと、三人で、食事をしても、350円程度である。

今回は、二万円を両替したが、すべて、使い切れなかった。
一万円も使っていないと、思う。

何せ、同行の、辻さんは、一万五千円両替したが、使い切れなかったのである。
お土産を買ってもである。
お土産は、地元のスーパーで、買う。

観光客向けの、特別な、買い物の、建物には、決して行かない。
その名を書けば、営業妨害になるので、書かない。

その日、私とコータは、衣服支援のために、新しい場所を、探した。

二人で、バッグを持って、クタの中小路を、歩いた。

必要な人たちを、探す。

一本、中小路に入るだけで、別世界がある。
建物は、小屋といって、いい。

観光客は、決して入らない小路である。
時々、欧米人が、バイクで、迷って入る。

地元の人たちが、利用する、屋台の付近で、女たちと、子供が数人いた。

声を掛けて、その中に入った。

バッグを開けて、必要ですかと、問うが、言葉が分からないのか、首を振る。
つまり、売りに来たと、思ったのである。

コータが、少ない、インドネシア語で、差し上げますという。
すると、女たちが、寄ってきた。

私が、取り出したものを、ああーっっと、声を上げて、受け取る。
更に、一人のおばさんが、あっちの方へと、言う。

おばさんの、後を付いてゆく。

おばさんは、雑貨屋さんだった。
その店先に、椅子を出された。
そして、何と、私たちに、売り物の、ビンのお茶を、出してくれた。

その家には、子供が、二人いた。
女の子と、男の子である。
早速、私は、二人の衣服を取り出して、渡した。
とても、喜んだ。

私たちの、行為を、おばさんは、非常に、感謝していた。
それは、行為で、解る。

トリマカシではなく、サンキューと何度も、言った。

私たちは、少しして、また、中小路を歩いた。

非常に貧しい、小屋が、立ち並ぶ場所に出た。

そこでは、男の子たちが、五人、いや六人ほどいた。
私は、フラム、ジャパン、プレンゼントといって、入った。

しかし、小屋の中から、高校生くらいの男の子が出てきて、子供たちを、制した。
怪しい人に、見られた。

私は、バッグを開き、まず、ミニカーを子供たちに、示して、渡した。
すると、子供たちは、歓声を上げた。

更に、コータに高校生くらいの男の子が、英語で、話し掛けた。

その間に、私は、
子供たちに、サイズに合う、ズボンを取り出して、渡した。

一人の母親も、出てきた。
子供たちは、嬉しくて、飛び跳ねた。
そして、母親も、私の腕をつかみ、嬉しさに、言葉にならない、歓声を上げた。

実は、二人の、男の子は、水浴びをして、体を洗っていたのだ。
裸である。

その二人は、水を拭うこともなく、私の差し出した、ズボンをはいた。

下着も、持ってくるべきだった。

兎に角、突然の、私たちの、出現に、ただ、驚き、そして、歓喜した。

そんなこと、一瞬前まで、考えていなかった。
ところが、こんな、嬉しいことがあったのである。

そこを、去る時に、振り返ると、一人の男の子が、自分の家であろう、小屋に向かって、小躍りして、ミニカーと、ズボンを、振り上げて、いたのだ。

ああ、良かったねーーーーー

私は、コータに言った。
本当に、良かった。

今回、最初の、衣服支援である。




posted by 天山 at 00:00| バリ島は静かに死ぬ 平成22年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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