2010年02月10日

殺されるよりましだ・プノンペン 10

クメール・ルージュ政権がカンボジア人の少なからぬ部分を絶望に追いやったことは、国外への脱出の規模の大きさが証明しているとおりだ。かなり少数だった1975年四月の入国者を別にすると、1977年十月には、約六万人のカンボジア人がベトナムへ逃げていた。
しかし、脱出には極度の危険がともない、つかまればかならず死刑に処せられ、しかも、数日間、いや数週間にもわたる恐ろしいジャングル内の彷徨をーーーすっかり消耗しきってしまうだけではなくーーー覚悟した上でなければ考えられなかったので、この企てを思いついた人の大部分はたじろがざるをえなかった。
それでも出発した人のごく一部だけが目的地に無事にたどりついたにすぎない。
黒書

これが、現実に起こったということを、否定する何物も無いのである。

二十ヶ月に及ぶ国境地帯での散発的なーーーはじめは密かにーーーついで1978年一月以降は公然たるーーー衝突の後、ついに訪れた1979年一月のベトナム軍の到来は、大多数のカンボジア人には「開放」と感じられた。「そしてこれが現在にいたるまで正式な呼び方でもある」
1967年の蜂起の「英雄」であるサムロート村の住民が、他の多くの人々と同じように、彼らの幹部だった逃げ遅れたクメール・ルージュを殺戮したことは象徴的である。

彼らクメール・ルージュの幹部は最後の瞬間まで残虐行為を犯す機会を逃しはしなかった。

ツールスレンを含む多数の刑務所には、開放すべき人間は事実上一人も残っていなかったのである。多くのカンボジア人がその後ベトナム軍への幻想を捨てたにしても、またハノイの意図が初めから人道的ではなかったにしても、当時は異論を提起されたこともある次の事実は、いささかも否定することができない。すなわち、とくに1978年においてクメール・ルージュ体制によって推進された事態の展開ぶりを見れば、実に数え切れない多数の個人が、ベトナム機甲師団によって死から救われたという事実である。

この国は非常にゆっくりとではあるが再生することができるようになった。住民は徐々に移動する自由を、自分の畑を耕す自由を、信じたり、学んだり、愛したり・・・する自由を取り戻すことができるようになったのである。
黒書

スターリンも、毛沢東も、自国民を虐殺し続けた。
そして、共産党独裁による、政権を樹立した。
だが、ポルポトのような、虐殺、更に、虐殺は、どこから、出たものであろうか。

共産主義という、イデオロギーに問題があるのではない。
独裁ということに、問題がある。

主義というものは、理想である。
そして、その理想に近づくために、方法がある。
だが、世界広しといっても、共産主義国が、成功、いや、少しでも、国民を幸せに、導いたことは、無いのである。

ただ、一時的にではあるが、幸せの幻想を抱いた時期はあるだろう。

原始社会、古代社会は、共産制だったという、見方があるが、全く違う。
そこには、祭祀があり、原始社会の、秩序があった。

一見、共産制に見えるが、全く違うものである。

無形の権威というものに、集約される、王権、祭祀権などがあったのである。

それは、畏敬である。
共産主義には、畏敬するものが、無い。
あるのは、指導する人間の、絶対性である。

古代の、王権や、祭祀権は、絶対的存在ではない。
民に、求められて、存在する、権威だった。

また、全体主義でもない。

現在の、共産国、中国、北朝鮮などは、全体主義である。
そして、一党独裁政権である。

人権は、無視される。

言論統制が、敷かれる。

国民に、自由は、許されない。
更に、国家は、独善的に、国民を指導する。
国民をモノとして、扱う。

中国共産党は、チベット、ウイグル族を、虐殺して平気でいる。
更に、民族壊滅をも、指導するという、独裁である。

更に、それを、推進すべく、ミャンマー、ラオス政権などに、支援金を渡して、その独裁を、国外まで、広げようとしている。

ソ連は、崩壊したが、現在の、ロシアも、ソ連の有り様から、中々、逃れられないでいる。

植民地政策時代の、西洋人と、現在の、ロシア、漢民族は、実に似ている。
その、野蛮さである。

虐殺は、日常的である。

そして、捏造する思考力である。

歴史を捏造するのは、朝飯前である。

カンボジア理解のために、共産主義黒書を、読み進めているが、反吐が出るものである。
ナチスドイツの、ユダヤ人虐殺を言うならば、共産主義思想による、大虐殺を大々的に、喧伝しなければならない。
更に、現在も、共産主義の名において、秘密裏に行われる、虐殺をも、言うべきである。

日本の馬鹿な、共産主義者は、まだ、本当の共産主義の国が、現れていないだけで、云々と言うが、どう、見積もっても、共産主義という名の、革命は、人間の、悪行である。

勿論、赤狩りといわれ、共産主義を奉ずる人を、弾圧した歴史的事実もある。
何故か。

どちらにも、独裁支配と言う、イメージがあるが、民主的自由主義というものが、結果的に、人類の選んだ、理想に近い方法であるということ。

その中に、社会主義的、要素があり、つまり、福祉政策重視の要素がありと、その国のあり方によって、流動性がある。
国家とは、国民の共同幻想が、基本にある。
その、共同幻想とは、伝統に裏付けられる。

伝統を廃した、新国家というものは、蜃気楼である。
自然災害や、国の大事があれば、脆くも新国家は、大きく揺れる。
更に、崩壊という、事態に陥るのを、見ても、よく解るのである。




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