2010年02月03日

殺されるよりましだ・プノンペン 3

ベトナム・プノンペンに出掛ける日、私は、夏物の大島を着た。
バンコク、スワナプーム空港で、エア・アジアに乗る。

バンコクから、プノンペンは、一時間程度である。
国内線より、時間がかからない。

荷物の重さが、気にかかる。
案の定、オーバーであるから、私たちは、バッグを一つずつ機内に、持ち込むことにした。

無料積み込みの、40キロと、それぞれ、10キロで、60キロあまりである。

機内サービスは、一切無い。
食べ物、飲み物は、機内販売するという、徹底した、削減主義の、格安航空である。

一眠りすると、カンボジア・プノンペンに着く。
私は、少し、飛行機の窓から、プノンペンを見渡すことが、出来た。

緑の中に、街がある。
そして、川沿いに立ち並ぶ、スラムである。
後で、その場所を見ることになる。

あらかじめ、ビザを取っていたので、並ぶことなく、すぐに、入国審査を受ける。
入国では、25ドルを支払う。
帰りも、25ドルを支払う、つまり、50ドルもかかるのだ。

荷物を受け取って、出口に向かう。
タクシーの呼び込みである。

私は、それを避けて、外に出た。
トゥクトゥクという、バイクタクシーに乗るつもりである。
7ドルで行けるから。

カンボジアは、ドルが使える。
短期滞在なら、ドルだけでも、十分。ただし、おつりで、カンボジア・リアルを貰うことがある。

一万円が、43万と少しであるから、千円が、4万3千リアルで、百円が、4300リアルである。

一ドルの場合は、変動せず、4200リアルである。
これは、また、頭の体操になった。

話し好きな、トゥクトゥクの運転手だった。
一時間前まで、ざんざん降りの雨だったという。
突然、晴れたのであるらしい。

私は、バッグの、日の丸を指して、日本はお日様の国ですと、言った。
運転手は、頷く。
そして、日の丸と、言った。

ホテルは、あらかじめ、決めていた。
王宮近くの、古いホテルである。

何せ、一泊、10ドルというのが、魅力的だった。
ゲストハウスでも、そんな料金は、珍しい。

ホテルは、たいそう大きく、立派だった。
そして、部屋である。
天井が高く、昔の風情を感じさせる。そして、大きい。

ところが、何故、この料金なのか・・・
それは、匂いである。
強烈にかび臭いのである。

二泊したが、衣類にも、かび臭い匂いが、つくほど。
そして、従業員は、遊び感覚。
その方が、気が楽だという、問題ではない。

経営自体を、放棄しているようである。
その隣に、新しいホテルを建てて、そちらの方が、主たる経営のようである。

兎に角、部屋で、一息ついた。
初めての、プノンペンである。

翌日から、行動することにした。
まず、追悼慰霊である。

観光は、一切しない。

昼を過ぎていたので、まず、何を、どこで、食べるかである。
勿論、地元の人の行く、食堂に行く。

ホテルの並びにある、老夫妻が立ち働く、食堂に入った。
店の前に並べてある、おかずを選ぶと、ご飯がついてくる。

美味しいとか、不味いという、問題は無い。
ただ、何が食べられるのかということだ。

そして、兎に角、安い。二人で食べても、百円と少し程度である。

それから、街中の、セントラル・マーケットに向かって歩いた。
両替をする必要がある。
リアルを持っていた方が、都合がいいのである。
ドルだと、切捨てられて、損になる。

20分ほど歩いて、混雑している、セントラル・マーケットに着いた。
宝石屋で、両替した。
一万円である。それで、滞在中、十分に足りた。43万リアルである。

その辺りを歩いて、道端の、麺を売る、路上の食堂の前に立ち、その麺が食べたくなった。

店の前の席は、混雑していたが、私たち二人の席を、女の子たちが、空けてくれた。

出来上がり、食べようとすると、女の子たちが、色々と教えてくれる。

色々な調味料があり、それを、適当に混ぜて、自分の好きな味にして、食べるのである。
ベトナムの、フォーのイメージの汁そばだった。

美味しい。とても、出汁が利いていて、美味しいのだ。

と、ふっと、店の横で、どんぶりを洗っている様子を目にした。
ああ、見なければ良かった。

三つの、バケツで、どんぶりを洗う。
一つ目は、洗剤で洗い、二つ目のバケツに付けて、洗剤を落とす。そして、三つ目のバケツで、最後の仕上げで、一度、どんぶりを水に通して、終わり。

それの、繰り返しである。
その間に、水を取り替えることはない。
実に、不衛生である。
しかし、それが、当たり前なのであるから、目をつぶるしかない。

美味しい、汁そばも、少し美味しさが、減退した。

二人で、一万リアル程度。一万円の、43分の一である。
百円が、4300リアルであるから、二百円と少しである。

と、そこに、物乞いの兄弟が、来た。
手を差し出す。
着の身着のままの姿である。

私は、日本語で、食べると、聞いた。
上の男の子が、頷くので、おじさんに、二つ作って貰うように言った。

お金を払う段になり、今度は、赤ん坊を抱いた女が、口に手を当てて、物貰いの格好である。

私は、その女にも、一つ注文した。
そして、お金を払い、その場を逃げた。

去ったのではない。逃げたのである。
つまり、次から次と、物乞いが来る予感がしたのである。

案の定、私たちを、追いかけて来た、物乞いたちがいる。



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