2010年01月23日

もののあわれ 483

祭り御禊などの程、御いそぎどもにことつけて、人の奉りたる物いろいろに多かるを、さるべき限り御心加へ給ふ。なかにもこの宮には、こまやかに思しよりて、むつまじき人々に仰せ言賜ひ、しもべどもなど遣はして、蓬払はせ、めぐりの見苦しきに、板垣といふものうち堅め繕はせ給ふ。かうたづね出で給へりと聞き伝へむにつけても、わが御ため面目なければ、渡り給ふことはなし。御文いとこまやかに書き給ひて、二条の院いと近き所を造らせ給ふを、源氏「そこになむ、渡し奉るべき。よろしき童など、求めさぶらはせ給へ」など、人々の上まで思しやりつつ、とぶらひ聞え給へば、かくあやしき蓬のもとには置き所なきまで、女ばらも空を仰ぎてなむそなたに向きて喜び聞えける。





祭りや、御禊などの頃、その支度にかこつけて、人々が、献上したものが、色々とあるのを、しかるべき、女たちに、配られる。
中でも、常盤の宮には、細々と、配慮して、親しい家臣たちに、命令して、下部連中などを、遣わして、蓬を払わせ、見苦しい家の周囲を、板垣という物で作りかためて、修繕させる。
源氏がこうして、末摘花を、探し出したと、世間が噂するのに、自分には、不名誉なことと、出掛けることはない。
お手紙を、心をこめて、書き、二条の院のすぐ近くに、建築しているので、源氏は、そこに移しましょう。適当な童女など探して、お使いください、などと、召使のことまで、心配されて、お世話をする。
この、みすぼらしい、蓬の家には、喜びの置き所がないほど、女房たちも、空を仰いで、源氏のおられる方に向いて、お礼を申し上げる。

常盤の宮とは、末摘花のこと。




なげの御すさびにても、おしなべたる世の常の人をば目止め耳たて給はず、世に少しこれはと思ほえ、心地にとまるふしあるあたりをたづねより給ふものと人の知りたるに、かくひき違へ、何事もなのめにだにあらぬ御有様をものめかし出で給ふは、いかなりける御心にかありけむ。これも昔の契りなめりかし。



少しの、戯れでも、ありふれた世間の普通の女には、注意も、払わず、多少なりとも、これはと、思われ、心に留まるような、女を捜し求めるのもと、皆は、思っていた。だが、こんなにまで反対に、万人並みでさえない女を、見事なお方らしく扱うのは、どんな考えであろうか。これも、前世からの、約束なのであろう。

この、部分は、作者の感想である。
それほど、源氏は、やさしいのであると、言うのである。
一度、契った女には、最後まで、面倒を観るという。




今は限りとあなづり果てて、さまざまにきほひ散りあかれし上下の人々、われもわれも参らむと争ひ出づる人もあり。心ばへなど、はた、うもれいたきまでよくおはする御有様に、心やすくならひて、殊なることなきなま受領などやうの家にある人は、習はずしたなき心地するもありて、うちつけの心みえに参り帰る。




もう、お終いだと、馬鹿にして、あちらこちらに、競い、散り散りに別れていった、上下の召使たちの中には、お仕えしようと、われもわれもと、争い、出て来る者も、いた。姫の、心ばえなどは、内気すぎるのを、いい気になって、何でもない、地方長官程度の家に、奉公していた人は、慣れぬことに、悪い思いをすることもあり、現金にも、心をあけすけに見せて、帰参する。





君は、いにしへにもまさりたる御勢の程にて、物の思ひやりもまして添ひ給ひにければ、こまやかに思しおきてたるに、匂ひ出でて、宮の内やうやう人目見え、木草の葉もただすごくあはれに見えなされしを、遣水かき払ひ、前裁のもとだちも涼しうしなしなどして、ことなる覚えなき下家司の、ことに仕へまほしきは、かく、御心とどめて思さるることなめり、と見取りて、御気色給はりつつ、追従しつかうまつる。



源氏は、昔にも勝る、威勢があり、思いやりの心も、前よりも、深くなり、細々と、指図をされたから、活気が出て、御殿のうちは、次第に、人の出入りが、見られた。
木や草の葉も、凄まじく茂って、あはれに見えていたのを、遣水をさらい、植え込みの根元も、すっきりと、手入れして、特に、目をかけていない、下家司で、目立つ仕え方をしたいと思う者は、心を込めての、寵愛を受けていると、見てとり、ご機嫌を伺いながら、追従して、仕えるのである。





二年ばかりこの古宮にながめ給ひて、東の院といふところになむ、のちは渡し奉り給ひける。対面し給ふことなどは、いと難けれど、近きしめの程にて、おほかたにも渡り給ふに、さしのぞきなどし給ひつつ、いとあなづらはしげにもてなし聞え給はず。




末摘花は、二年ばかり、この古い家で過ごされてから、東の院というところに、後に移された。
源氏が、対面することなどは、大変、難しいが、邸に近い所なので、御用事で、出掛けるときなどは、少し、お顔を出し、軽い扱いは、されないのである。





かの大弐の北の方、上りておどろき思へるさま、侍従が、嬉しきものの、今しばし待ち聞えざりける心浅さをはづかしう思へる程などを、今少し問はず語りもせまほしけれど、いとかしら痛う、うるさくもの憂ければ、今またもついであらむ折に、思ひ出でてなむ聞ゆべき、とぞ。




あの、大弐の北の方が、都に姫の運を知り、驚く様子や、侍従が嬉しいものの、もう少し、待たなかった考えの、浅はかさに、顔を出せない思いをした様子など、もう少し、聞かれずとも、お話したいのですが、とても、頭が痛く、うるさく、気が進まないので、今後、またのついでに、思い出して、申し上げましょうと、いうことです。

最後の段は、作者の言葉である。

蓬生、を、終わる。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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