2010年01月20日

もののあわれ 480

惟光入りて、めぐるめぐる人の音するかたやと見るに、いささかの人気もせず、「さればこそ、ゆききの道に見入るれど、人住みげもなきものを」と思ひて、帰り参る程に、月明かくさし出でたるに、見れば、格子二間ばかりあげて、すだれ動くけしきなり。わづかに見つけたる心地、恐ろしくさへ覚ゆれど、寄りてこわづくれば、いとものふりたる声にて、まづしはぶきを先にたてて、老女「かれはたれぞ、何人ぞ」と問ふ。名のりして、惟光「侍従の君と聞えし人に、対面賜はらむ」と言ふ。老女「それは外になむものし給ふ。されど思し分くまじき女なむ侍る」といふ声、いたううねび過ぎたれど、聞き老人と聞き知りたり。





惟光は、邸内の入り、ぐるぐると廻り、人の音のする所はないかと、探すが、全く、人気がない。
だから、この前を通る時に、覗いても、人が住んでいそうもなかったと、思い、引き返して来る時、月が明るく光り出たので、見てみると、格子に二間ほどあげて、簾が動く様子である。
やっと、人気を感じた気持ちは、恐ろしいまでに、思われるが、近づいて、案内を乞うと、ひどく老いぼれた声で、まず、咳をしてから、そこにいるのは、誰じゃ、と聞く。惟光は、名乗り、侍従の君と申した方に、面会させて欲しいと、言う。
老女は、その人は、よそにいっておられます。しかし、同じように考えていただいてよい女がおりますと、という声は、ひどく年を取っているが、聞き覚えのある、老女と、わかった。




内には、思ひのよらず、狩衣姿なる男、忍びやかにもてなし、なごやかなれば、見習はずなりにける目にて、もし狐などの変化にやと覚ゆれど、近う寄りて、惟光「たしかになむ承らまほしき。変らぬ御有様ならば、尋ね聞えさせ給ふべき御志も、絶えずなむおはしますめるかし。今宵も行き過ぎがてにとまらせ給へるを、いかが聞えさせむ。うしろやすくを」と言へば、女どもうち笑ひて、老女「変はらせ給ふ御有様ならば、かかる浅茅が原を移ろひ給はで侍りなむや、ただおしはかりて聞えさせ給へかし。年経たる人の心にも、類あらじとのみ、めづらかなる世をこそ見奉り過ごし侍れ」と、ややくづし出でて、問はず語りもしつべきが、むつかしければ、惟光「よしよし、まづかくなむと聞えさせむ」とて参りぬ。





邸内では、思いもよらず、狩衣姿の男が、ひっそりと、現れて、やさしい物腰である。こんなことは、見慣れない目で、もしや、狐などの化け物かと、思うのだが、近くへ寄って、惟光は、はっきりと、たまわりたい。昔に変わらぬご様子なら、殿も、お訪ね申し上げたいという、お気持ちは、今も、絶えてはいません。今宵も、素通りしにくいと、お立ち止まりに、なっているのです。どのように、申し上げましょう。安心して、仰ってください。と、言う。
女房どもが、笑い、老女が、お変わりになれば、こんな浅茅が原を、引き移りしましょうか。ただ、お察ししてください。年老いた私どもでさえ、こんなことは、類があるまいと、世にも珍しい御生活を、拝見してきたのです。と、ぼつぼつと、話し出し、尋ねもしないことまで、言い出す様子が、うるさいので、惟光は、よしよし、解った。では、まずこれこれと、申し上げようと、言って、戻った。


花摘里の生活の状況は、思った以上に悪いものだった。
源氏は、訪ねて、近いうちに、その生活を援助するのである。

ここに、源氏の、もののあはれ、がある。
一度、契りを結んだ相手に対する、源氏の思いやりである。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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