2010年01月19日

もののあわれ 479

しもつきばかりになれば、雪あられがちにて、ほかには消ゆる間もあるを、朝日夕日をふせぐ蓬葎のかげに、深う積りて、越の白山思ひやらるる雪のうちに、出で入る下人だになくて、つれづれとながめ給ふ。はかなき事を聞え慰め、泣きみ笑ひみまぎらわしつる人さへなくて、夜もちりがましき御張のうちもかたはら淋しく、もの悲しく思さる。





十一月頃になると、雪やあられの降る日が多く、他の家では、消えるときがあっても、ここは、朝夕の日をさえぎる、蓬や葎の陰に深く積もり、越の白山がと、思われるような、雪景色である。出入りする、下人さえもいない庭を、しょんぼりと眺めている。
たわいも無いことを言って、慰め、泣いたり、笑ったりしながら、心を紛らわせる人もいなくなり、夜も、埃のある、御張台で、一人、寂しく、もの悲しく、思う。




かの殿には、珍し人に、いとどもの騒がしき御有様にて、いとやむごとなく思されぬ所々には、わざともえ訪れ給はず。まして、その人はまだ世にやおはすらむとばかり思し出づる折もあれど、たづね給ふべき御志もいそがでありふるに、年変はりぬ。




源氏の殿は、久々に会う、紫の上に、夢中な様子で、たいして、大切に思われない方々には、特に、訪れることもない。まして、この姫君、末摘花のことなどは、まだ生きているのかとは、思い出すことはあるが、探す気持ちも無いまま、日を過ごして、その年も暮れた。




うづきばかりに、花散里を思ひ出で聞え給ひて、忍びて対の上に御いとま聞えて出で給ふ。日頃降りつる名残の雨すこしそそぎて、をかしき程に月さし出でたり。昔の御ありき思ひ出でておはするに、かたもなく荒れたる家の、木立茂く森のやうなるを過ぎ給ふ。



あくる年の、四月の頃に、花散里のことを思い出し、対の上に、ご挨拶して、こっそりと、出掛ける。
数日降り続いた雨の、名残が少しぱらついて、趣ある空に、月が出た。君は、昔の忍び歩きを思い出し、優美な夕の月に、道々、様々な回想に耽った。
たどり着くと、形もなく、すっかり、荒れ果てた家に、木立が、茂って、森のような所を、通り過ぎる。





おほきなる松に藤の咲きかかりて、月影になよびたる、風につきてさと匂ふがなつかしく、そこはかとなき香りなり。橘にはかはりてをかしければ、さし出で給へるに、柳もいたうしなだれて、ついひぢもさはらねば、乱れ伏したり。「見し心地する木立かな」と思すは、はやうこの宮なりけり。いとあはれにて押し止めさせ給ふ。例の、惟光はかかる御忍びありきにおくれねば、さぶらひけり。召し寄せて、源氏「ここは常陸宮ぞかしな」惟光「しか侍り」と聞ゆ。源氏「ここにありし人は、まだやながむらむ。とぶらふべきを、わざとものせむも所狭し、かかるついでに入りて消息せよ。よく尋ねよりてを、うち出でよ。人たがへしてはをこならむ」と宣ふ。





大きな松の木に、藤の花が、咲き始め、月の光に、ほのかに揺れる。
それが、風の流れに乗って、匂うのである。懐かしい。ほんのりとした、香りである。
橘の香りと違い、また、趣がある。車から、顔を出して、ご覧になると、柳の枝が垂れて、築地も崩れているので、乱れかかっている。
見たことにある、木立だと、思うのも、そのはず。これこそ、宮なのである。
いとあはれにて
とても、感慨深くて、車を止めさせる。
例の通り、惟光は、このような、忍び歩きには、慣れているから、今日も、お付き合いしていた。
お召しになって、源氏が、ここは、常陸の宮の御殿であろう。惟光が、さようでございますと、申し上げる。
源氏は、ここにいた人は、今も、侘しく暮らしているのだろうか。訪ねるべきなのだが、わざわざ、訪ねるのも、何やら、おかしいことだ。この機会に、中に入り、消息をしてみよ。よく尋ねた上で、言い出すことだ。人違いすると、笑われる、と、仰る。

その、家の有様に、いとあはれ、を、感じる心。
胸に迫る、感情を、あはれ、という。
物語は、もののあはれ、を、表現し、更に、歌の道を、示す。
もののあはれ、は、歌道のことでも、ある。




ここには、いとどながめまさる頃にて、つくづくとおはしけるに、昼寝の夢に故宮の見え給ひければ、さめて、いと名残悲しく思して、漏り濡れたる庇の端つ方おしのごはせて、ここかしこの御座引き繕はせなどしつつ、例ならず世づき給ひて、


なき人を 恋ふる袂の ひまなきに 荒れたる軒の しづくさへ添ふ

も心苦しき程になむありける。




姫の方では、ひとしお、物思いの深まる頃で、思いつめていると、昼寝の夢に、亡き父宮が、お見えになった。
目覚めてから、名残惜しく、悲しい思いになり、雨漏りで濡れた、庇の間の端を、拭かせて、あちこちの、御座所を取り繕わせて、いつになく、人並みになり、


亡き父を恋い慕う涙で、袂の乾く暇もない。荒れた軒の雨水までかかり、袂は、いっそう、濡れる。

その有様、心苦しいことである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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