2010年01月16日

もののあわれ 476

かかる程に、かの家あるじ大弐になりぬ。むすめどもあるべき様に見置きて、下りなむとす。この君をなほもいざなはむの心深くて、叔母「はるかにかくまかりなむとするに、心細き御有様の、常にしもとぶらひ聞えねど、近き頼み侍りつる程こそあれ、いとあはれにうしろめたくなむ」など、ことよがるを、さらにうけひき給はねば、叔母「あなにく。ことごとしや。心一つに思しあがるとも、さる藪原に年経給ふ人を、大将殿もやむごとなくしも思ひ聞え給はじ」など、怨じうけひけり。





そうしているうちに、その家の主人が、大弐という、位になった。
娘たちを、適当に縁づけて、赴任しようとする。この姫君、末摘花を、誘う気持ちが強く、叔母は、遠くへ赴任しようとするので、淋しい様子を、常にお尋ねしなくても、近いという、気やすめがあった間は、ともかく、なんとも、気の毒で、気がかりです。と、うまいことを言うが、姫君は、承知しないので、叔母は、ああ、憎らしい。偉そうにして。自分ひとりが、お高くとまっていても、あんな原野で、長年過ごしていた人を、大将殿も、姫君扱いは、されないでしょう、と、怨み、呪うのである。





さる程に、げに世の中に許され給ひて、都に帰り給ふと、天の下の喜びにて立ち騒ぐ。われもいかで、人より先に、深き志を御覧ぜられむ、とのみ思ひ競う男女につけて、貴きをも下れるをも、人の心ばへを身給ふに、あはれに思し知る事さまざまなり。かやうにあわただしき程に、さらに思ひ出給ふ気色見えで月日経ぬ。



そのうちに、源氏には、お許しが出て、都にお帰りになさるとて、世の人すべてが、喜びとして、立ち騒ぐのである。
自分も、なんとかして、人より、誠意のあることを見ていただこうと、先を争う男女、身分の貴賎を問わず、人の心の動きを察して、人とは、このようなものかと、解ることが、多い。このように、慌しいうちに、姫とのことは、全く思い出さない。
そして、月日が経った。




「今は限りなりけり。年頃あらぬさまなる御様を、悲しういみじき事を思ひながらも、萌え出づる春に逢ひ給はなむと念じわたりつれど、たびしかはらなどまで喜び思ふなる、御位あらたまりなどするを、よそにのみ聞くべきなりけり。悲しかりし折のうれはしさは、ただわが身一つのためになれると覚えし、かひなき世かな」と心砕けてつらく悲しければ、人知れずねをのみ泣き給ふ。




末摘花は、今は、もう、おしまいだ。長年の、御不運の身の上を、悲しく、酷いことだと思いつつも、やがて、運の開ける春にめぐり逢っていただきたいと、祈っていたが、下賎な者まで、喜ぶと言う、君の官位昇進のことなどを、自分は、人事のように聞いていなければ、ならない。あの悲しかった時の、辛さは、ただ、自分ひとりのために、起こったのだと、思われたのに、そのかいもない、世の中だ。と、がっかりして、堪らなく悲しいので、人知れず、声を立てて、泣くのである。




大弐の北の方、叔母「さればよ。まさにかくたづきなく、人わろき御有様を、数まへ給ふ人はありなむや。仏聖も、罪軽きをこそみちびきよくし給ふなれ。かかる御有様にて、たけく世を思し、宮、上などのおはせし時のままにならひ給へる御心おごりのいとほしきこと」と、いとどをこがましげに思ひて、叔母「なほ思ほし立ちね。世のうき時は見えぬ山路をこそは尋ぬなれ。田舎などはむつかしきものと思しやるらめど、ひたぶるに人わろげには、よももてなし聞えじ」など、いとことよく言へば、むげにくんじたる女ぱら、女房「さもなびき給はなむ。たけきこともあるまじき御身を、いかに思して、かく立てたる御心ならむ」と、もどきつぶやく。




大弐の北の方である、叔母は、それ見たことか。一体、このように、頼りなく、みっともない、様子の方を、誰が相手にされるだろう。仏や聖でも、罪の軽い人こそ、よく導いてくださるとか。あんな様子で、偉そうに構えて、父宮や母君が、いらっしゃった時と、同じに、振る舞う、高慢さが、気の毒だと、いっそう、馬鹿な人だと思い、矢張り、決心なさい。うまくゆかない時は、何も聞えない、山奥に入るものだと、申します。田舎など、嫌なものだと、思うでしょうが、悪い扱いは、決してしませんよと、上手に、持ち込む。滅入っている、女房たちは、ご承知くださればいいのに。どうせ、大したこともない、身の上。一体、どうして、こんなに意地を張るのでしょうと、ぶつぶつと、非難するのである。





侍従も、かの大弐のをひだつ人語らひつきて、とどむべくもあらざりければ、心よりほかに出で立ちて、侍従「見奉り置かむがいと心苦しきを」とて、そそのかし聞ゆれど、なほかくかけ離れて久しうなり給ひぬる人に頼みをかけ給ふ、御心のうちに、「さりとも、あり経ても思し出づるついであらじやは。あはれに心深き契りをし給ひしに、わが身はうくて、かく忘られたるにこそあれ、風のつてにても、わがかくいみじき有様を聞きつけ給はば、必ずとぶらひ出で給ひてむ」と、年頃思しければ、おほかたの御家居も、ありしよりけにあさましけれど、わが心もて、はかなき御調度どもなども取り失はせ給はず、心強く同じさまにて念じすぐし給ふなりけり。





侍従も、大弐の甥という者から、口説かれて、都に残して置けそうにもないので、不本意ながら、出発することにした。
侍従は、お残し申して、参ります。大変心配ですがと、お誘いするが、矢張り、姫は、遠のいて、久しい源氏に望みをかけていると、思う。
その心の中では、いくらなんでも、年が経つうちに、思い出してくださるのではないかと思う。あはれに心深き契りを・・・しみじみと、情けをかけて、約束されたのだから、我が身の不運から、このように、忘れ去られているものの、風の便りにでも、自分の、この惨めな様子を耳にされたら、きっと、尋ねてくださるだろうと、この年月、そう思い続けて、いる。
御殿も、以前より、更に荒れ果て、酷くなったが、自分からは、ちょっとした、道具なども、無くさないようにして、強情に、変わらぬ状態で、耐え忍んで、過ごすのである。

会話と、心の内を綴る、源氏物語の、文は、見事に、美しい。





ね泣きがちに、いとど思し沈みたるは、ただ山人の赤き木の実ひとつを顔に放たぬと見え給ふ。御そばめなどは、おぼろげの人の見奉りゆるすべきにもあらずかし。くはしくは聞えじ。いとほしう物いひさがなきやうなり。




涙にくれて、思いに沈むさまは、まるで、山がつが、赤い木の実を、ひとつ、顔につけているように見える。横顔などは、当たり前の人では、我慢できる容貌ではない。
詳しいことは、申し上げないで、おきます。とは、作者の、姫に対する、敬語である。
なんとも、お気の毒で。
口が悪いようです。

作者の、姫に対する、感想であるが、赤鼻のことを言っている。
鼻が、赤い木の実を、つけているようだと。山がつ、とは、猟師や樵のこと。
随分、きつい、言い方である。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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