2010年01月16日

最後の沈黙を破る 46

霊能力と、悟りは、全く別物である。

更に、霊能力は、大半、魔が、関与する。
釈迦仏陀は、それを、最も嫌い、弟子たちに、霊能力を使うことを、禁じた。

霊能者は、そのレベルで、霊を見る。
そのほとんどが、想念界、幽界であり、地獄界である。

その上の、レベルなどを、見ることは出来ない。
そして、その、人格である。
それも、霊能力とは、別物である。

更に、霊能力の背後にある、霊的存在である。

まともなものは、ほとんどいない。

大乗仏教の、作者たちも、霊的能力に欠けていたゆえに、とんでもない、場所にて、仏陀を登場させるという、お話を書いた。

これについては、神仏は妄想である、に、再度、取り上げる。

修験道という、霊的修行をするもの達がいる。
円の行者が、その、祖である。

山岳信仰ともいう。
確かに、山岳信仰というものは、一つの、形態であるが、とても、ついてゆけない。
彼らは、荒行をする。
そして、性格を頑固にし、偏狭にする。

レベルの低い、天狗に、取り込まれる。

密教系の修行者も、似たようなことをする。
これも、危険である。
しかし、前世の記憶からか、そういう、修行から、抜けられないでいる。

禅による、霊能力もまた、魔境によるものが、大半である。
法華経になると、終わっている。
成仏させるという、とんでもない、妄想に執り付かれる。

成仏とは、本人の問題であり、他者が、どうこうと、出来るものではない。
仏教の、根本を知らない。

払い除けることは、出来ても、成仏などという、境地に達することは、出来ないし、また、そのような世界は無い。

交通事故多発地帯に、幽霊が出ることは、警察署などでは、当たり前の事実。
そこで、秘密裏に、僧侶に頼み、読経させる。
そして、幽霊を、成仏させたと、思い込む。

ただ、浮遊する、霊の、場所を移動しただけである。

日本には、祓い清める、所作が、伝統として、ある。
それは、上位霊位によって、成される。

読経は、一時的なものである。

それならば、心ある人たちが、黙祷したほうがよい。

霊界になると、宗教の所作は、通用しない。

全く、異質の世界である。
想念の世界である。

霊界まで、見渡せる、霊能者は、少ない。

霊能者の、背後を、見ると、魑魅魍魎や、化け物、妖怪のような、存在が多い。
極めて、気持ちの悪い存在が、後押ししている。

はじめは、良いが、次第に、悪くなる。
よい影響は、手始めであり、その後は、徐々に、悪くなるのである。

霊能者と、長く付き合いをする人はいない。

人間の、悩みが、幽界レベルであるから、霊能者という名目で、商売が出来る。
幽界レベルとは、迷える霊の世界である。

また、そこから、情報を得るために、ろくでもない、情報を得る。
恐ろしいのは、宗教に似た団体を、作り、教組になる者である。

それらは、必ず、立派な建物を、作る。
背後の霊が、それを求めるからだ。

稲荷明神ならばいいが、その下の下の、単なる、野狐などは、手に負えない。
それらの宗教は、多く、分派する。
手かざしなどをする、団体に多い。

伊勢外宮の、豊受大神が、その稲荷大明神の大本である。
農耕の神、食べ物の神であり、多くの、幸福を願う事が出来る。

その、豊受大神とは、恐れ多いので、その眷属に、御願いすることになる。
それが、稲荷信仰である。
その、表現は、お狐様である。

昔は、狐が、憑いたといわれて、恐れられたが、今は、そんなことは、あまりない。
現代人は、狐が憑くほど、暇ではない。

しかし、それが霊能力を発揮することがあるから、面倒である。

今回は、龍神の話は、省略する。
龍神とは、とてもじゃないが、格が高いのである。

その辺の、霊能者に憑く、程度の、龍神は、生まれたてのような、ものである。

本来は、龍神と、表現しないほうがよい。
龍は、生命エネルギーの元であり、その姿が、龍の形を取る。
元神と、呼んだ方がよい。
天地自然は、この生命エネルギーの、発露である。

霊能力を求めて、インドなどに、行くと、必ず、大半の人は、狂う。

その手前で、帰国した人は、賢い。
私は、何人も、危ないと感じて、インドから、戻った人を知っている。正解である。

幽体離脱をして、戻れなくなり、精神病になる者、多々いる。

釈迦仏陀を、尊敬するのは、そのような、インドという地にて、あの心を見詰める、あり方を、説いたからである。

その、苦労は、計り知れない。

後、一年生きられるはずが、遂に、魔にやられて、命を落とした。
仏滅である。

その魔は、共にいた、弟子から、発せられたものである。
あの、仏陀にしても、そのようなのである。

読経をして、霊能者を任じる者には、特に、注意すべきである。
霊界に向かう霊位には、読経は、単に、喧しい音となる。

心霊の知識を知らない、宗教というのは、本当に、手が付けられない。
以後、また、書き付けることにする。



posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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